ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Alice Munro の “The Progress of Love”(1)

 Alice Munro の短編集 "The Progress of Love"(1986)を読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] 人生にはときどき、「永遠の一瞬」とでもいえるような瞬間がある。いつまでも心にのこり、なにかの拍子にふとよみがえる瞬間。それ以前と以後の人生を大きく分けるきっかけとなった瞬間。本書は、そんな永遠の一瞬をみごとにとらえた短編集である。技法的には、各話とも主人公を中心に、その家族や友人、恋人などを登場させながら、それぞれの過去と現在をカットバックでつなぐ展開が多い。さりげなく離婚や死別、断絶と対立にふれながら、同時に愉悦と心の高揚も織りまぜ、やがて悲喜こもごも究極の一点へと凝縮されていく。殺人や無理心中なども起こるが、必ずしも衝撃的な事件とはかぎらない。むしろ、女が亡き両親の住んでいた家を、のちに別れる男といっしょに訪問したときの思い出(表題作)や、やはりのちに離婚する夫の誕生日を家族そろって祝ったときのできごと(最終話)など、悲しみのなかに喜びが混じり、喜びが悲しみの兆しであるかのような瞬間に心をえぐられる。この二話を本書の両端に配した構成はけっして偶然ではあるまい。永遠の一瞬とは、人生の幸不幸を同時にかみしめる瞬間であればこそ、永遠たりうるのだろう。