ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Doris Lessing の “The Good Terrorist”(1)

 1985年のブッカー賞最終候補作、Doris Lessing の "The Good Terrorist"(1985)をやっと読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆] 戦争も革命もテロも、その起源は「崇高な」理念にある。地上の悪を、敵の不正義を憎み、許容しえない理想主義である。その不寛容から、おびただしい血が流れ、ドラマが生まれる。ところが本書の場合、終幕で起こった爆破テロ事件はおよそドラマティックではない。実行犯に理念がないからだ。サッチャー政権への不満、社会の不平等や欺瞞への怒りなどは認められるが、体制側をファシスト帝国主義者と、いまや死語に近い蔑称で呼ぶ点からしてその正義感は紋切り型。文字どおり感情もしくは気分に発したものにすぎない。いきおい犯人グループは仲間同士、ゲイ・レズもふくめた恋愛や個人的な対立に走り、エゴとエゴが衝突。それゆえデモも集会も革命ごっこ。ほとんど偶然のきっかけで起こしたテロが小説的に盛りあがらないのもむべなるかな。一方、活動資金の調達や市当局との交渉など、グループのために孤軍奮闘する主人公アリスの姿は涙ぐましい。仲間が平然と目的のために手段を正当化することに良心の呵責をおぼえるのもアリスだけ。ただ、これまた型どおりの葛藤で、メリハリのない単調な展開のなかに埋もれてしまっている。狂信者でもなんでもない反体制派の市民がテロリストになるというアイデアは発表当時、それなりにインパクトがあったのかもしれないが、その後起きたロンドン同時爆破事件により、本書の鮮度はかなり落ちている。時の試練に耐えられなかった作品である。