ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rohinton Mistry の “A Fine Balance”(2)

 Rohinton Mistry のことは前から気になっていた。旧作が2つ、ブッカー賞のショートリストに選ばれているからだ。そこで今回、〈恥ずかしながら未読〉シリーズの一環として、まず本書(1996)を読んでみることにした。表紙は "Family Matters"(2002)のほうがずっと魅力的ですけどね。
 既報のとおり、3分の2くらいまでは順調。このペースなら帰省中に片付くだろうとタカをくくっていたが、それにしても分厚い本だ。その後、諸般の事情というやつでサッパリでした。
 とはいえ、途中、「この調子だと、いくら読んでも同じだな」とぼくなりに悟ってしまったこともペースダウンの原因だ。3分の1を過ぎたあたりに、こんな記述がある。' ... Sometimes you have to use your failures as stepping-stones to success. You have to maintain a fine balance between hope and despair,' He paused, considering what he had just said. 'Yes,' he repeated. 'In the end, it's all a question of balance.'(p.231)
 He とは、本書の主な登場人物のひとり Maneck 青年の話し相手。どんな場面かは説明するまでもなさそうなので省略。とにかく、このくだりがタイトル "A Fine Balance" のゆえんであることは間違いない。ってことは、本書のテーマを示唆しているものと思います。
 このテーマ、つまり「禍福はあざなえる縄のごとし」「人生、なにごともバランスが肝心」というのは、ほんとにホントですな。
 そこで本書をふりかえってみると、なるほど、最初からそんなふうに書かれていたことがよくわかり、「この調子だと、いくら読んでも同じだな」。読めば読むほど、「メニューが豊富でボリュームたっぷりのインド料理にいささか胃がもたれ」、途中で何度も休憩してしまいました。
 胃もたれの原因についてはレビューでもふれたが、補足すると、なにしろ digression が多い。この digression、少しはカットしてもいいのでは、と何度も思ったものだが、実際カットした結果を想像してみると主筋だけ。いかにも物足りない。ははあ、これはバルザックの手法ですね、と気がついた。
 いや、手法だけではない。Maneck が下宿するアパートの借り主 Dina をはじめ、善人かと思いきや悪人、悪人かと思いきや善人という具合に、主な人物ほど心の中に正邪善悪の要素を兼ねそなえている。これはバルザックの人間観察そのものである。
 レビューを書きおえたあと、ふと巻頭をひらいてみたら、内容一覧の前に "Le Pere Goriot" の引用があることを発見。ああ、ぼくの解釈もまんざら読み違いではなかったなと安心した。そこできょうは、"Old Goriot" (1835) の昔のレビューを再録しておこう。

Old Goriot (The Human Comedy)

Old Goriot (The Human Comedy)

[☆☆☆☆] 中学時代に邦訳で読んだときは印象が薄かったが、このたび英訳で読み返してみると、『従妹ベット』には一歩譲るものの、まことに面白く、モームが世界の十大小説の一つに本書を選んでいるのも当然と実感した。昔は分からなかった、バルザック一流の人間観察の妙を楽しめるようになったのは、それだけこちらが年を取ったということか。つまりこれは、読者にある程度の人生経験を要求する作品だと思う。一見美しいものの裏に醜い面があり、上流とされる人々に下品な要素がある。そして善人は、そういう「悪」の前になすすべもない。ただし、バルザックは冷笑家ではない。その筆致には心温まるものがある。