ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Han Kang の “The White Book”(2)

 いくつか落ち穂拾いをしたい作品があるが、きょうは順番を変えて "The White Book"。ご存じ今年のブッカー国際賞最終候補作である。現地ファンのあいだでは1番人気のようだ。
 ちなみに、2番・3番人気は Olga Tokarczuk(Jennifer Croft 訳) の "Flights" や、Ahmed Saadawi の "Frankenstein in Baghdad"(☆☆☆★★)といったあたり。"Flights" も気になるが、15日締めの今月の予算はすでにオーバー。もし受賞したら読んでみよう。
 さて、Han Kang といえば、周知のとおり 2016年にも "The Vegetarian" でブッカー国際賞を受賞している。だから今年も、と騒がれているようだが、ちと騒ぎすぎじゃないの、というのが "The White Book" を読んでみた印象です。さりとて、"Frankenstein in Baghdad" もイマイチ。そこで "Flights" が気になるわけだ。
 "The Vegetarian" の感想で書いたことかもしれないが、あれは個人的には、川端康成の『眠れる美女』の世界を思わせるところがよかった。ひょっとして、Mandiargues の女性版になるかも、と期待していたが、"The White Book" では、ははあ、こう来ましたか。
 読みはじめたとたん、Han Kang は "Moby-Dick" の第42章 'The Whiteness of the Whale' を読んだことがあるのかな、という疑問が頭をかすめた。まったく異質の作品なので比較することにあまり意味はないかもしれないが、あの文学の巨人とくらべると、Kang はよくも悪くもマイナー・ポエットだと思う。
 ぼくはたまたま10日ほど前、初孫が生まれたばかり。が、血糖値が安定しないということで、ショウマくんはまだ入院中。本書は、見舞いに行く途中、ドラ息子の運転する車の中で読みました。だからなおのこと、このマイナー・ポエットの作品、心にしみましたね。以下、"The Vegetarian" のレビューを再録しておこう。

[☆☆☆★★★] 異変はある日突然やってくる。日常生活が突如、暗転する。そのとき自分はどうなるのか。まわりの家族はどうしたらいいのか。本書はこうした悪夢のような危機的状況を描いた作品である。中心にあるのは、韓国の平凡な家庭の主婦が極端な菜食主義者になる話だが、それが連作短編形式で、順に彼女の夫、義兄、姉の立場から語りつがれる。思わず慄然とする場面、恐ろしい修羅場がいくつもあり目が釘づけになってしまうが、とりわけ義兄が主役を演じる耽美的な映像撮影シーンが全篇の白眉。妖しい美とエロスの混在する芸術的な世界は異様な熱気につつまれ、これが若手女流作家の創造したものとは信じられないほどだ。前後の二話も異常な事態を扱っているとはいえ、本質的には家庭の悲劇。また、よくある自己喪失の物語である。いわば日常の延長線上にある非日常だが、その非日常をさらに超えた美の極致、官能と感覚の至高の世界をつむぎ出したのが上の義兄篇なのだ。タイトルから離れるが、むしろこれをテーマにしてほしかった。なお、作者は翻訳者 Deborah Smith との共同受賞。原語との対照はできないが、たしかに達意の名文である。