ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Orhan Pamuk の “My Name Is Red”(1)

 きのう、2003年の国際IMPACダブリン文学賞受賞作、Orhan Pamuk の "My Name Is Red"(1998)を読了。原語はトルコ語。一日寝かせたところでレビューの書き出しが頭にちらついてきた。さてどうなりますか。

My Name is Red

My Name is Red

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[☆☆☆☆★] 攘夷か開国かで揺れた幕末の日本をはじめ、アジアの国々にとって西洋が侵略者だった時代の影響は、よかれ悪しかれ、いまだに強くのこっている。自国の文化を守るべきか、異国の文化を受け容れるべきか、はたまた折衷を図るべきか。本書はこの問題を歴史ミステリのかたちで現代人に投げかけたものかもしれない。語り手は複数だが、聞き手はつねに「あなた」だからだ。舞台は16世紀末、オスマン帝国の首都イスタンブール。皇帝の命を受けて製作に取りかかった書物の挿絵をめぐり、細密画家たちのあいだで連続殺人事件が発生。その解決と後日談にいたるまで、犯人と被害者、探偵役はもちろん、挿絵に描かれた悪魔や馬、樹木なども語り手となり、被害者は自分の死の瞬間や死後の思いまでも伝える。こうしたマジックリアリズムの技法にくわえ、劇中劇として数々の伝説や昔話なども挿入され、探偵役の若者の恋愛沙汰が副筋として進むという、すこぶる重層的な骨太小説である。一方、細密画の世界だけあって描写は饒舌なまでに緻密。それが凄惨な事件へと劇的に発展する緩急自在のテンポもすばらしい。真犯人はだれか、というエラリー・クイーンばりの「読者への挑戦」に思わずニヤリとさせられるなど、サービス満点。ひとつだけ注文をつけると、いっそ帝国が存亡の危機に瀕した時代のほうが、文化と伝統の問題がさらに切実に示されたのでは、という気もする。