ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Olga Tokarczuk の “Flights”(1)

 ゆうべ、今年のブッカー国際賞受賞作、Olga Tokarczuk の "Flights"(2007)を読了。原語はポーランド語。さっそくレビューを書いておこう。

Flights

Flights

[☆☆☆★★] 書中の言葉を借りれば、これは「不協和音のシンフォニー」。ワンセンテンスから短編まで、一読脈絡のなさそうな短い断章が連続する。各断章は「全体の一部だが、それぞれ独自のルールに支配され、全体は存在しないとさえ思える」ほどだ。その全体にかかわるモチーフがフライト、もしくは旅である。機内や空港、空港近くのホテルで目にした光景、出会った人々。ショパンの遺体を祖国ポーランドまで運ぶ旅。ギリシャの島々をめぐるクルーズ。日常生活からの逃走というフライト。まだ人間の内臓器官が未知の世界だった時代の人体解剖という体内旅行。こうした「不協和音のシンフォニー」の根底に流れるのが俯瞰的な世界観である。人生を俯瞰すれば、そこにあるのは断片のみ。瞬間的に存在する線と平面、物体が世界を構成しているだけだ。それはまた解剖学的な世界観でもある。身体各部は「それぞれ独自のルールに支配され」、「黒と白の絶対的な沈黙」が広がるという内臓の世界こそ、じつは世界の本質である、と言いたげな断章もある。つまり俯瞰というマクロ、解剖というミクロの目で人生を、世界を眺める旅に出かけた先の記録が本書なのだ。深読みかもしれないが、こうした人間のすこぶる即物的、非精神的なとらえ方には、不協和音だらけの人生への絶望と希望、嘆きと祈りがこめられているような気もする。この現実を知ってどう生きるか。読者にとっても旅の始まりである。