ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Richard Powers の “The Overstory”(1)

 このところボチボチ読んでいた Richard Powers の新作 "The Overstory" をやっと読了。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] エコロジーは地球規模の問題であり、また政治や経済、社会、文化などにかかわる複雑な問題でもある。それゆえ、そのスケールと複雑さを忠実に反映した小説は容易には書けないかもしれない。本書は、この創作課題に鬼才パワーズが果敢に挑んでかなり成功した、テーマ的にも構造的にも「樹木小説」としかいいようのない力作である。まず、なんらかのかたちで樹木と縁のある八人の人物がそれぞれ別個に「根」を形成。ヴェトナム戦争中、墜落機から大木の上に落下して命びろいするパイロットの話がおもしろい。ついで八本の根がひとつの幹となるが、正確にはまだ四本の幹。なかでも、森林の伐採をめぐる攻防、巨木の上で一年間もつづく籠城、製材会社や営林施設への放火と、次第にエスカレートしていくアクション小説篇がサスペンスに満ちて秀逸。圧巻である。ただし善玉・悪玉の色わけがはっきりしているため、複雑なエコロジー問題を「忠実に反映した」ものとはいいがたく、また人間ドラマとしても味が薄い。その後やがて四本の幹はひとつの樹冠へと成長。放火事件をめぐり「理想主義の栄光と悲惨」という重大な問題が軽く提示されたのち、樹木と人間が共通の祖先から生まれた同じ生態系の一員であるとの認識が前面に押しだされ、地球規模の生態系が壮大なゲームソフトのかたちで紹介される。まさに本書の理論的中枢をなす部分であり、第一部からここまで樹木にかんする逸話や情報満載。たしかに興味ぶかいのだが、終盤山場らしい山場もなくなり深い感動は得られない。環境問題にたいする個人の立場として、ソローの市民的不服従も示されるが情緒的な扱い。結局、作者としては、生態系を守るためになにをすべきか、なにができるのか、読者の心に問題意識という種をまきたかったのかもしれない。樹木も人間だ、という声が聞こえてきそうなエコロジー小説である。