ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Daisy Johnson の “Everything Under”(1)

 今年のブッカー賞候補作、Daisy Johnson の "Everything Under"(2018)を読了。さっそくレビューを書いておこう。(7月25日の候補作ランキング関連の記事に転載しました)

Everything Under

Everything Under

  • 作者:Johnson, Daisy
  • 発売日: 2018/10/23
  • メディア: ペーパーバック
[☆☆☆★★★] 冒頭は認知症の母親と同居する娘の話。とくれば、いわゆる〈難病もの〉か親子の断絶がテーマだろうと思ったが、以後の展開はそんな固定観念にもとづく予想をみごとに裏切るものだった。これは神なき現代における人間の運命を寓話的に描いた、『オイディプス王』の本歌取りとも言うべき秀作である。が、その意図はすぐには見てとれない。16年前に失踪した母親を娘が探しまわる一方、その昔、テムズ川へとつづく運河で母とふたり、ボート暮らしをしていた時代を回想。また一方、当時ふたりの前に現れた少年の冒険物語もスタート。この三本立ての進行が巧みでサスペンスにあふれ、ハートウォーミングなふれあいと緊張の一瞬が交錯するなか、『オイディプス王』を思わせる複雑な人物関係が次第に明らかになる。むろんギリシア悲劇のように神と人との劇的対立はありえず、そのぶんスケールの小さいドラマではあるが、それは現代文学の宿痾。にもかかわらず、娘が辞書編纂者となった経緯からうかがえる「始めに言葉ありき」という言語、愛と血のつながりとしての家族、このふたつの要素が人間の思考と行動を決定づけるもの、すなわち運命であることを本書は如実に物語っている。神なき現代にあって運命とはなにか、その具体的な意味にこれほど迫った試みも珍しい。劇的感動こそ得られないものの、古典古代ならぬ現代が舞台の試みである点を大いに評価したい。