ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Rachel Kushner の “The Mars Room”(2)

 ブッカー賞レースにアメリカ馬が参戦するようになったメリットのひとつとして、ベストセラーリストの上位以外でも、アメリカのすぐれた新作小説に出会う機会が増えた、ということがあるかもしれない。アマゾンUSやニューヨーク・タイムズのリストをチェックしている人は多いと思うけれど、レースの出走表を見て、へえ、こんな作品もあったんだと知らされる。
 てなこともあるのでは、と想像します。ぼく自身はもうベストセラーのリストを久しく見たことがないので、ほんとに想像なのですが。
 さてこの "The Mars Room"、いま検索すると、New York Times Bestseller との謳い文句こそあるけれど、アマゾンUSの文学部門の売れ行きは1005位。これでもベストセラーと言えるのかな。
 そんなことより、ああやっぱりと思ったのは、本書が literary だけでなく、mystery, thriller & suspense, crime というジャンルにも分類されていること。ジャンルなんてどうでもいいと思いつつ、でも気になる。ブッカー賞候補作にはコテコテの純文学というイメージがあるからだ。たとえミステリとして読める作品でも、コテコテの要素が中核にあって欲しい、と願うからだ。
 そんな目で本書を振り返ると、「プリズン・ブレイク」風のノリではない刑務所生活を中心として、悪徳警官の話も出てきたりして、ミステリというか、クライム・ストーリーとしてはけっこう面白いと思います。ぼくはミステリから20年以上も遠ざかっているので断言はできないけれど、女子刑務所が舞台というのが目新しいかもしれない。
 問題はコテコテ部分。それがちっともコテコテではない、というのがいちばん問題ですな。
 何やらコンニャク問答みたいだが、なにぶんミステリの要素もからむのでネタを割るわけには行かない。差し障りのないところで言うと、主人公の Romy に刑務所内で教官として接する Gordon。彼はソローやドストエフスキーを読んだこともある文学好きという設定だが、Romy と深くかかわるのかと思いきや、あっさり身を引いてしまう。え、あの文学論はいったい何だったの、とガックリきましたね。
 ともあれ、選考委員があまりベストセラーとは言えないような作品を発掘したのはいいけれど、ほかにもっと「すぐれた新作小説」はなかったのかな。月並みだけど、アマゾンUSの月間ベスト小説あたりを追いかけるほうが秀作に出会う確率が高そうですね。
(写真は、愛媛県宇和島市佛海寺)