ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Tommy Orange の “There There”(1)

 Tommy Orange の "There There"(2018)を読了。周知のとおり、これは昨年のニューヨーク・タイムズ紙選ベスト5小説のひとつである。また P Prize.com の予想によれば、3月5日現在、今年のピューリッツァー賞レースでも、Rachel Kushner の "Mars Room"(2018 ☆☆☆★)に次ぐ有力候補に挙げられている。さっそくレビューを書いておこう。 

There There: A novel (English Edition)

There There: A novel (English Edition)

 

 [☆☆☆☆] この着想はすばらしい! どんなに古びたテーマでも工夫次第でまだまだ大いに発展の余地がある、ということを実証したような作品である。プロローグで紹介されるのは、アメリカ先住民の虐殺と迫害、差別の歴史であり、子孫たちにとって「そこ」現代の都会にはもはや「そこ」帰る土地がないという事実。そんな一般常識が背景となる本編で彼らが登場したとき、ステロタイプ以外にどんな物語があると言うのだ。ところが、その予想はもののみごとに裏切られる。まず叙述スタイルがいい。オークランドを舞台に、先住民の血を引く多数の人物が輪舞形式で登場、つぎつぎに視点と話法を変えるうち、アルコール依存症やドラッグ、DV、親子の断絶など、祖先のいかんを問わずアメリ現代社会のかかえる病巣が、しかしあくまで先住民の歴史と伝統に沿って描かれる。構成の妙も光っている。連作短編風にエピソードが集積されるなか、当初は無関係に思えた人物たちでさえ次第に結びつき、やがて一同、アスレチックスの本拠地球場で催される全部族の大規模集会に参加。祭礼は民族の歴史と文化を象徴する宗教行事であり、連帯とアイデンティティを再確認する場である。ゆえにありがたいお祭りが始まるのかと思いきや、なんと危険な冒険アクションでクライマックスを迎えるとは! さらにまた、現代人の「そこ」魂の奥底にいまなお「そこ」帰るべき原風景があるという結末も決して陳腐ではない。「文化とは人間の生き方である」とはT・S・エリオットの至言だが、本書は「文化とは人間の死に方である」とも示唆しているからだ。斬新なアイデアの勝利である。