ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

文学と政治:Annie Ernaux の “The Years”(2)

 前回のあとも、Juan Gabriel Vásquez の "The Shape of the Ruins" をボチボチ読んでいる。仕事がなければクイクイ行けそうなほど面白い。
 Vásquez の作品を読むのは二年ぶり二作目。2013年の国際IMPACダブリン文学賞受賞作、"The Sound of Things Falling"(原作2011、英訳2013)以来である。あれもとても面白かった(☆☆☆★★★)。 

 今回もコロンビアで実際に起きた事件が扱われ、まず1948年4月のホルヘ・エリエセル・ガイタン(Jorge Eliécer Gaitán)暗殺事件。Wiki によると、当時政権を握っていたのは保守党で、ガイタンは自由党の党首だったが、48年の大統領選挙では当選確実と目されていたという。
 この事件の謎解きが本書の核心だと思ったら、その前に中盤以降、さらにべつの暗殺事件が劇中劇のかたちで挿入。いや、挿入などという程度ではなく、こちらのほうがメインかと思えるほどだ。1914年10月のラファエル・ウリベ・ウリベ(Rafael Uribe Uribe)暗殺事件である。ウリベは自由党急進派の指導者で、保守党政権と対立。García Márquez の名作、"One Hundred Years of Solitude"(1967 ☆☆☆☆★★)に登場する Colonel Aureliano Buendía は、このウリベがモデルとのことだが、ぼくはまったく記憶にない。
 事件が謎に満ちているせいか、Vásquez の語り口がうまいためか、とにかく面白い。その描写は事実に即した(と思わせる)もので、思想的なバイアスは認められない。おかげで、ぼくにはとても読みやすい。
 一方、おなじく今年のブッカー国際賞最終候補作ながら、先月読んだ Annie Ernaux の "The Years" は、えらくシンドかった。途中、投げ出してしまおうかと思ったほど(☆☆★★★)。 

 ところが、現地ファンの下馬評では、"The Shape of the Ruins" とならんで本命視されている。両書は対照的な作品で、Vásquez は生粋のストーリー・テラ-と言ってもいいが、Annie Ernaux のほうは物語性を完全に無視。それどころか、「これは果たして小説と言えるのか」と疑ってしまうほどで、「もし言えるなら、〈アンチ・ノヴェル小説〉としか評しようのない作品である」。
 物語が生まれないのは、途中の報告でも書いたように、ほとんど脈絡のないエピソードばかり描いた「断片的なスケッチ集、スライドでワンカットずつ映される短編映画のような」作品という技法的な問題もあるけれど、何より、人生には筋書きがないという作者の人間観によるものだ。She feels as if a book is writing itself just behind her; all she has to do is live. But there is nothing.(p.135) この she とは作者自身を指しているものと考えていい。
 ともあれ Annie Ernaux は、人が置かれた「周囲の外面的な時間と、自身の内面的な時間」を断片的に追いかけていく。それは「人生には筋書きがない」という人間観をみごとに反映したもので、その意味ではじつに正しい。ただ、出来上がった小説としては、まったく面白くない。ドラマがないからだ。価値観の異なる人間同士の対立がないからだ。
 たしかに「人生には筋書きがない」とぼくも思うけれど、人生とは筋書きのないドラマでもある。ドラマは大なり小なり、「価値観の異なる人間同士の対立」によって生じるものだ。誰もがおなじ考えの持ち主なら社会は平和かもしれないが、そうではないから平和な社会にはならない。それゆえ、どこかの国会でもドタバタ劇が起こるのである。
 Annie Ernaux は政治的には明らかにリベラルで、終始一貫、その立場からフランスの現代史を追いかけている。右派政権が誕生するたびに、彼女にとっては暗い時代となる。事実そんな時代だったのかもしれないけれど、中にはそう思わなかった人もいるのでは、というのが常識的な推測ではなかろうか。
 ともあれ、"The Years" は文学作品としては評価できない。政治を扱うなら、リベラルでも保守でもいいが、とにかく「価値観の異なる人間同士の対立」を描くべきだ、というのがぼくの立場である。
(写真は、愛媛県宇和島市和霊神社入口。去年の秋、帰省時に撮影。今年は仕事の関係でこの風景は拝めそうにない)

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