ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Pascal Mercier の “Night Train to Lisbon”(1)

 スイスの作家で哲学者 Pascal Mercier の世界的なベストセラー、"Night Train to Lisbon"(原作2004、英訳2008)を読了。ご存じのとおり本書は映画化され、日本でも2014年に『リスボンに誘われて』という邦題で公開されている。さっそくレビューを書いておこう。 

Night Train To Lisbon

Night Train To Lisbon

 

 [☆☆☆★★] 人生にはふと、立ち止まって自分の心を、世界のありようを見つめたくなる瞬間がある。たぶん。日常的な生活から離れ、非日常の時間と空間に身を置くことで自分を、自分をつつむ世界を考える。本書でまず秀逸なのは、こうした自分との対話が他人の人生を追体験するかたちで行われている点である。主人公はベルンのギムナジウムで教鞭をとるグレゴリウス。通勤途中、橋の上から飛び降りそうに見えたポルトガル人女性と出会い、そのあと古本屋で手にしたポルトガル語の本に魅せられ、著者プラドの消息を探るべく衝動的にリスボン行きを決意する。以後、プラドの妹たちや旧友、恩師、恋人などとの対話、およびプラド自身の記述や書簡を通じて、20世紀中盤、サラザール独裁政権下におけるポルトガルの政治状況とプラドの人物像が浮かび上がる。愛と友情、家族、人間の尊厳と存在意義、時間や認識、神の教えなど実存にかんする諸問題についてすこぶる内省的、哲学的な思索が続くうち、グレゴリウスはプラドの人生と重ね合わせてわが身を振り返り、読者もまた思索の森へといざなわれ、愛とは、人間とは、自分とは何かと考えざるをえない。一方、グレゴリウスの探訪はリスボンをはじめ各地におよび、列車内もふくめ映画的に鮮やかなショットに満ちている。哲学と映画がほどよく融合した佳篇である。