スイスの作家で哲学者 Pascal Mercier の世界的なベストセラー、"Night Train to Lisbon"(原作2004、英訳2008)を読了。本書は2013年、ビレ・アウグスト監督によって映画化。日本でも2014年、『リスボンに誘われて』という邦題で公開されている。さっそくレビューを書いておこう。
- 作者: Pascal Mercier,Barbara Harshav
- 出版社/メーカー: Atlantic Books
- 発売日: 2007/11/01
- メディア: ペーパーバック
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[☆☆☆★★] 人生にはふと、立ちどまって自分の心を、世界のありようを見つめたくなる瞬間がある。たぶん。日常的な生活から離れ、非日常の時間と空間に身をおくことで自分を、自分をつつむ世界を考える。本書でまず秀逸なのは、こうした自分との対話が他人の人生を追体験するかたちで行われている点である。主人公はベルンのギムナジウムで教鞭をとるグレゴリウス。通勤途中、橋の上から飛び降りそうに見えたポルトガル人女性と出会い、そのあと古本屋で手にしたポルトガル語の本に魅せられ、著者プラドの消息を探るべく衝動的にリスボン行きを決意。以後、プラドの妹たちや旧友、恩師、恋人などとの対話、およびプラド自身の記述や書簡を通じて、20世紀中盤、サラザール独裁政権下におけるポルトガルの政治状況とプラドの人物像が浮かびあがる。愛と友情、家族、人間の尊厳と存在意義、時間や認識、神の教えなど、実存にかんする諸問題についてすこぶる内省的、哲学的な思索がつづくうち、グレゴリウスはプラドの人生と重ねあわせてわが身をふりかえり、読者もまた思索の森へといざなわれる。愛とは、人間とは、自分とはなんだろうか。一方、グレゴリウスの探訪はリスボンをはじめポルトガル各地におよび、列車内もふくめ鮮やかなショットに満ちている。哲学と映画的映像がほどよく融合した佳篇である。