ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ian Williams の “Reproduction”(3)

 ご存じの方も多いと思うが、先日、Hilary Mantel の最新作 "The Mirror & the Light" が刊行された。かの Wolf Hall Trilogy の掉尾を飾るもので、第1作 "Wolf Hall"(2009 ☆☆☆☆★)、第2作 "Bring up the Bodies"(2012 ☆☆☆★★)につづいて、3度目のブッカー賞を受賞するのでは、と早くも人気が沸騰している。 

The Mirror & the Light (Wolf Hall Trilogy)

The Mirror & the Light (Wolf Hall Trilogy)

  • 作者:Mantel, Hilary
  • 発売日: 2020/03/10
  • メディア: ハードカバー
 

  が、英米両版とも、どうやらハードカバーの造本に難点があるらしく、超大作ということもあって、ぼくは注文をためらっている。「3部作のつなぎの役割しか果たしていないのでは」と思われた前作から8年。満を持して世に問うたであろう最終作だけに期待がもてそうだけど、"Reproduction" のようにムダに長いのがいちばん困る。
 同書とほぼ同時に読みおえたのが『夜は短し歩けよ乙女』。こちらは1年と2ヵ月もかかった。手にしたのは寝床のなかだけで、しかも何度か中断したせいだが、それでもけっこう面白かった。

 テレビの中では、仰々しいマスクをつけたレポーターが「御覧下さい、この人通りのなさを!」と叫び、四条河原町の交差点に立っている。ほとんど人通りがなく、車も僅かである。(中略)まるで幽霊街のようだ。

「風邪の神が蹂躙中」という京都市内の光景を描いたくだりである。なんだか新型コロナウイルスの流行を先取りしているようで、おかしかった。シュールでコミカルな変調青春小説といったところか。
 そのコロナウイルスのことで「人生観変わる」と述べた大物芸能人がいるそうだ。何がどう変わったのかまったく興味がないので記事そのものは読まなかったが、ぼく自身はちっとも変化していない。むしろ、ああやっぱり、という思いのほうが強い。
 大ざっぱに説明すると、まず日本人は農耕民族であると唱えたのは和辻哲郎で、この説には異論も多いことは周知のとおりだが、起源はともかく農業は士農工商の昔、いやそれ以前から日本の基幹産業のひとつである。この農業、天気に左右されることが多いので、それゆえ日本人は天候観測民族である、という説を聞いたことがある。いまネットで調べると、言い出したのは大宅壮一らしい。
 天候観測民族とは言い得て妙で、付言すれば、日和見にとどまらず、天気が急変すると大騒ぎしてしまう。嵐の前に備えるのではなく、嵐がやって来てからあわてふためくのが日本人である。初めてそう言ったのも大宅かどうかは知らないけれど、もはや常識だろう。黒船襲来から明治維新にいたる近代史が示しているとおりだ。
 もちろん、いまや新型コロナウイルスパンデミックであり、日本だけの問題ではない。が、大事件が発生したときの日本人の行動パターン、つまり右往左往するようすは江戸時代、おそらくそれ以前とあまり変わっていないのではないか。そこで、ああやっぱり、と思ってしまうのである。
 かく言うぼくも前期高齢者ゆえ、じつは戦々恐々としているひとりだが、集団ヒステリーの渦にだけは巻き込まれたくない。自分でできることは何か、何をすべきか、何をしてはいけないか、正しい情報にもとづいて判断しようと思っている。(ここで前回に戻る)。
 ところが、難局であればあるほど判断に迷うもので、たとえば政府の要請に応じるべきか否か、家族のなかで意見が分かれたらどうするか。そもそも家族だからといって価値観が等しいとはかぎるまい。日ごろから支持政党の異なる夫婦、親子兄弟だっているだろう。支持政党の違いは、何かにつけて是非の判断を左右するかもしれない。
 と、そんな家庭内対立の描き方が "Reproduction" は物足りない。むろん争いは起きるのだけれど、どれもせいぜい感情のもつれであって、信念や価値観の相違から生じる激突ではない。だから結局、「ムダに長い」としか思えなかったのである。