その後、本書は今年の小説文学賞ショートリストに入選。下馬評では3番人気のようだ。ちなみに、1番人気は Maggie O'Farrell の "Hamnet"(2020 未読)。彼女の名前を見かけるのは、2006年の "The Vanishing Act of Esme Lennox"(☆☆☆)以来だ。
その下馬評どおり、もし同賞レースで Mantel がコケるようだと、3度目のブッカー賞受賞にも暗雲が立ちこめそうなことになるが、もっか英米アマゾンでは "The Mirror & The Light" はベストセラー。話題作だけに、日本でもすでにお読みの方が多いことと思う。
それでも11年前のぼくのように、「Mantel? だれそれ?」という方もいるだろうし、ブッカー賞を2度も受賞した作家の新作ということで興味はあるものの、900ページ近い超大作と知って気おくれしている人もいるかもしれない。
そんな文学ファンがもしほんとうに食指を動かされたら、お薦めするのは、前回なぜかアップできなかったイギリスの 4th Estate 版。米版のほうはあちらのレビューを読むかぎり、どうも造本に難点があるようだ。
つぎに、入手したら、ぼくと同じく腕力に自信がない場合、家のなかで読むほうがいい。なにしろ分厚いハードカバーなので、重くて持ち運びにとても不便。腕っぷしの強い人でも、不要不急の外出は自粛という時節柄、おあつらえ向きのテキストではないでしょうか。
さて肝心の中身だが、超大作といっても活字は大きめなので読みやすい。へえ、とぼくが思った表現を書き写しておくと、まず、He would not cross the street to save a woman, though she were the woman who bore him.(p.690)明らかに仮定法過去の文だが、though を使った例は珍しいのではないか。
それから、'…… He made the dumb to speak.' He asks, 'What did they say?'(p.796)および For if it were in my powers, as it is in God's, to make your Majesty to live ever young and prosperous, God knoweth I would.(p.833)
この to speak, to live を後置修飾と解するのはちょっと無理だろう。現代英語では、ここは原形不定詞のはずだ。古英語の場合どうなのかは、不勉強につき不明。
というわけで、ほんとの内容の落ち穂拾いはまたこんど。
(写真は、石川県ヤセの断崖の突端から眺めた風景。去る2月、近くにある義経の舟隠しを見物したあと引き返し、雨のなか、強風にあおられながら撮影。いかにも『ゼロの焦点』に出てくる荒海らしい、と自画自賛)