ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Ben Okri の “The Famished Road”(2)

 きょうは終戦記念日。(時差を無視すれば)ちょうど1年前のきょうの夕方、ぼくはマルセイユの海岸通りに面したレストランで、のんびりブイヤベースに舌つづみを打っていた。

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 あれから1年。世界の状況は現象的には一変した。が、本質的に変化したわけではなく、むしろ本質が以前よりも顕在化したと言っていい。いつかも書いたけど、「人(国)みな本性を現す」時代になったのである。(これ、塩野七生の言葉だが、実際の彼女の論説は未読)。
 そこで最近、ぼくの頭にちらついているのは、red or dead というフレーズ。ぼくの造語だが二番煎じかもしれない。Wiki にこんな記事が載っている。"Better red than dead" and "better dead than red" were dueling Cold War slogans which first gained currency in the United States during the late 1950s, amid debates about anti-communism and nuclear disarmament (red being the emblematic color of communism).
 これを現在の国際情勢に当てはめてみると、東洋の強大な全体主義国が「本性を現」し、red or dead という二者択一を迫りつつあるのではないか。実際はそうでないことを祈るばかりだけど、万一の場合どうするか。red or dead という問題は究極の選択として、じっくり考えてみる価値があるように思う。
 いかん、柄にもなくマジメなことを書いてしまった。趣味の話にもどろう。このところ、一見わけのわからない映画を観ることが多い。フェデリコ・フェリーニルイス・ブニュエルアラン・レネミケランジェロ・アントニオーニ……
 わけがわからないのは、主としてテーマやストーリーが難解という意だが、小説とちがって映画の場合、意図や筋がわからなくてもけっこう楽しめることがある。movie、motion picture という呼称どおり、あるショットやシーンとシーンのつなぎ方がすぐれていると、それなりに感動させられるからだ。
 で、難解でもすぐれた映画ほど、わけもわからず観ているうちに、なるほど、そういうことだったのか、と最後にわかったような気分になる。人生これサーカス(フェリーニ)、人生これドタバタ(ブニュエル)、戦争と青春(レネ)、愛の不毛(アントニオーニ)などと、なんとなく伝わってくるものがある。
 マジックリアリズムを駆使した小説も、そういう芸術映画と似たような味わいだ。「小説とちがって」と上に書いたが、それは通常のリアリズム小説の場合。マジックリアリズムなら、「意図や筋がわからなくてもけっこう楽しめることがある」。
 では "The Famished Road" はどうだったか。ううん、最初のうちはただもう「奇妙きてれつ、摩訶不思議な世界」。それがどんなにヘンテコリンかは、1991年の作品ということで、いまさら紹介するまでもないだろう。
 問題は、そのマジックリアリズムにどんな必然性があるか、そこにどんな意味があるか、である。通常のリアリズムでも十分描きうる内容なら、べつにマジックリアリズムをもちいるまでもない、というのがぼくの立場だ。
 ただ、テーマは平凡でもマジックリアリズムによって面白い作品に仕上がることはある。今年読んだ日本の小説で言えば、『夜は短し歩けよ乙女』。典型的な青春小説だが、あれをふつうのリアリズムで読まされたら、どうにも退屈で仕方がなかったにちがいない。
 ひるがえって、"The Famished Road" は森見作品よりもはるかにむずかしい。ひとつひとつのエピソードは奇っ怪という点では楽しめるのだけど、その意味や必然性がよくわからない。いやおそらく、ひとつひとつの描写にはなんの意味もないのでは、という気さえする。
 それが結局、☆☆☆☆を進呈したということは、本書の場合、それだけ必然性のあるマジックリアリズムだったと判断したわけだ。少なくとも、ここではマジックリアリズムを使うことで、矛盾という人生、ひいては国家の本質が如実に示されているように思う。詳しくは、レビューで述べたとおりだ。
 が、それはとんでもない勘ちがいだったかもしれない。ぼくはそのように読みましたというだけで、その点、小学生の作文に毛が生えたようなものですな。