ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

David Mitchell の “Number9Dream”(2)

 これはほんとうに面白かった! 読んでいる最中はいつまでも物語がつづいてほしいと思い、読後数日たったいまでもまだ心のなかに余韻がのこっている。まるで麻薬でも盛られたような気分だ。こんな経験は最近ちょっと記憶にない。
 とはいえ、落ち着いて振り返ってみよう。まずタイトルだが、べつに調べたわけではないけれど、ジョン・レノンの名曲 '#9 Dream'「夢の夢」に由来していることはまず間違いあるまい。"Which is your favorite song by John, Eiji-kun?" と訊かれた主人公 Eiji Miyake が、 "Simple. '#9 Dream' … It should be considered a masterpiece." と答えている(p.379)。
 '#9 Dream' はジョンのソロ4作目のアルバム 'Walls and Bridges'「心の壁、愛の橋」に収録されているが、ぼくは The Very Best of John Lennon と銘打たれた 'Lennon Legend' のほうに手を伸ばすことが多い。'Imagine' や 'Woman' など、ほかの名曲も聴けるからだ。 

  上の引用箇所のあとで、本書に顔を出したジョン・レノン自身が(むろん創作だろうが)こう語っている。'#9 Dream' is a son of 'Norwegian Wood.' Both are ghost stories. 'She' in 'Norwegian Wood' curses the listener with loneliness. The 'Two spirits dancing so strange' in '# 9 Dream' bless the listener with harmony.
 このくだりを読んで、ぼくはとっさに村上春樹の『ノルウェイの森』を連想した。実際、アルバイトで上野駅の遺失物係員だった Eiji は、忘れ物の Haruki Murakami の小説を半分まで読み、what happened to the man stuck down his dry well with no rope? と述べている(p.186)。たぶん『ねじまき鳥クロニクル』第2部のことだと思うけど、『ノルウェイの森』にも井戸の話が出てくる(文庫版 (上) pp.12-13)。こっちのことかな?
 いずれにしろ、ぼくは '#9 Dream' をめぐる話題から、David Mitchell が Haruki Murakami にこう話しかけている場面を思いついた。「Haruki-kun、きみはビートルズの名曲をうまく使って恋愛小説を書いたけど、ぼくはジョンの曲から、こんな『波瀾万丈で、かつ複雑極まりない物語を仕立て上げ』たよ」。どこかの大学の先生が2人の関係について調べているかもしれませんな。
 一方、これは Mitchell 版 "Nine Stories" とも言える。本書は9章に分かれているからだ。ただし、目次に第9章は記載されておらず、また第9章にはタイトルがない。あるのは空白の見開き1ページだけ。
 これについて作者はインタビューなりなんなりで説明しているのかもしれないが、面倒くさいので未調査。もし質問があったとして、おおかた、好きなように解釈してくれ、とでも答えているのではないか。
 そこでぼくも好きなように想像をめぐらすと、Ai Imajo よ、生きていてくれ、と Eiji になったつもりで祈るばかり。ヤクザ抗争劇のあと、さすがに息切れしたような印象も受けたが、この幕切れはみごとでしたね。ちなみに東日本大震災のとき、ぼくは職場で宿泊する破目になったのだが、当初、家人はぼくに連絡が取れず、かなり焦ったそうだ。
 それにしても、そんなに面白かったのなら、なぜ☆☆☆☆なんだ? ううむ、じつは★をひとつ追加しようか大いに迷ったのだけど、「そして何より、信念を貫き、他人のために尽くす人間の姿に感動する」"The Thousand Autumns of Jacob de Zoet" や、「人類に果たして進歩は、未来はあるのか」と問う "Cloud Atlas" のほうが、微妙にぼく好みかも。ま、いい加減な採点ですな。