ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Brandon Taylor の “Real Life”(1)

 前回ふれた事情でイギリスに priority 便で注文した Brandon Taylor の "Real Life"(2020)が予想外に早く到着(さすが旧大英帝国!)。おかげで、てっきり17日とばかり思い込んでいたブッカー賞の発表(ロンドン時間19日)前に、なんとか読みおえることができた。今年の最終候補作5冊目である。さっそくレビューを書いておこう。

Real Life: Shortlist des Booker Prize 2020

Real Life: Shortlist des Booker Prize 2020

  • 作者:Taylor, Brandon
  • 発売日: 2021/05/03
  • メディア: ハードカバー
 

[☆☆☆★★] 障害が多ければ多いほど試練の日々がつづき、そこに文学が生まれる。本書の主人公ウォーリスの場合、その苦悩は主として三つの立場から生じている。彼が進路に悩む青年であり、白人優位の社会に住む黒人であり、そしてゲイであるということだ。どれひとつとっても文学的にはもはや陳腐な素材だが、三要素が複合されることで、それぞれ本来の持ち味が遺憾なく発揮され、非凡な作品に仕上がっている。主な舞台はアメリカ中西部の大都市。夏のおわりの週末、ウォーリスをはじめ大学院生とその仲間たちが湖畔に集合。たった三日間のできごとながら、孤独と絶望のなかでながめる湖の光景、突然起こる緊迫感に満ちた院生や友人との対決、過去の陰惨な事件の回想といった静と動のコントラストが鮮やかで、思わず引きこまれる。研究生活をあきらめ実社会に出るべきか否か、という定番の悩みに差別と疎外の問題をからめたエピソードもおもしろいが、それより微妙な心理のゆれ動きに注目したい。男女の恋愛なら単なる痴情のもつれにすぎないものが、ゲイのあいだでは純粋な感情の激突、はては強烈なバトルとなる。そうした経験を通じてウォーリスは、実生活とはべつの〈リアル・ライフ〉があることに気づく。これまた平凡といえば平凡なテーマだが、書きようによっては文学にはまだまだ開拓の余地があることを示唆した点で忘れがたい佳篇である。