ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patricia Lockwood の “No One Is Talking About This”(1)

 今年の女性小説賞最終候補作、Patricia Lockwood の "No One Is Talking About This"(2021)を読了。もっか、現地イギリスのファンのあいだでは1番人気である。さっそくレビューを書いておこう。 (追記:本書は後日、今年のブッカー賞ロングリスに入選)。

No One Is Talking About This: A Novel

No One Is Talking About This: A Novel

 

[☆☆★★★] ありとあらゆる情報が飛びかうネット時代、「だれも口にしていないこと」などあるのだろうか。火を見るより明らかな話だが、本書を読めば読むほど、そう思える。二部構成のうち第一部では、一見脈絡のない断片が文字どおり洪水のように連続。それぞれの断片もまた無意味で混乱に満ちたもののようだ。が、やがておぼろにジグソーパズルの絵柄がふたつ見えてくる。まず、現代のアメリカ社会は、ポータルサイトが生みだした「独裁者」の支配する一種のディストピアである。つぎに、この地獄のような非現実の世界にあって人びとは、同じくポータルサイトを通じて連携、生の意味と自由をとり戻そうとしている。つまり破滅的状況ではあるが「世界はまだ終わっていない」。実際、第二部で起こる事件は、悲劇的ではあるが感動的だ。断章形式だけに感傷が排され、かえって生と愛のすばらしさがストレートに伝わってくる。しかしここで冒頭の疑問に立ちかえってみよう。悲惨な現実を生きる人びとにとって「生と愛のすばらしさ」とは、はたして「だれも口にしていない」話題なのだろうか。また上の「独裁者」がだれを指すかは明らかだが、彼は実際には選挙の洗礼を受けている。アメリカはほんとうにディストピア的状況にあるのか(正確には、あったのか)。知的関心をそそる題名とは裏腹に、ほとんど知的昂奮をおぼえることのない、疑問だらけの凡作である。