ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Lydia Millet の “A Children's Bible”(1)

 Lydia Millet の "A Children's Bible"(2020)を読了。周知のとおり昨年の全米図書賞最終候補作で、ニューヨーク・タイムズ紙選年間ベスト5小説のひとつでもある。また P Prize. com の予想では、今年のピューリツァー賞「候補作」第3位にランクイン。さっそくレビューを書いておこう。 

A Children's Bible: A Novel (English Edition)

A Children's Bible: A Novel (English Edition)

 

[☆☆★★★] 大人たちが自信と気概をうしない責任を放棄したとき、いまだ成長過程にあり、完全には自治能力のない若い世代に、はたして未来はあるのだろうか。本書は、そんな実際に起こりうる破滅的状況を描いた近未来SFである。「夏休みのパラダイスが一転、地獄の日々に」という大筋で、語り手は十代の娘イヴ。タイトルどおり、失楽園や大洪水、「ヨハネの黙示録」で描かれた終末の世界など、おおむね聖書に沿った物語が展開。イヴたち少年少女は、子どもに無関心な親たちと希薄な関係にあり、ハリケーンの襲来をきっかけに独力でサバイバルをしいられる。武装集団の登場で一気に緊張が高まるが、この集団、映画『マッドマックス』ほどには凶悪でなく、白ける。一事が万事、本書の「破滅的状況」は上の一瞬を除いて緊迫感に乏しい。このテンションの低さは天変地異や第三者によるものではなく、そもそもだれひとり、生存の根拠たるべき強固な意志や価値観を示さないからだ。ゆえにそこには「希薄な関係」しかなく、対立もドラマも生まれない。結末で希望の光が見えるのはひとつの救いだが、この希望も具体性に欠ける。そうした状況こそ、まさに「終末の世界」なのかもしれない。