ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “Honeymoon”(2)

 前回採りあげた "Bewilderment" がいまいちピンとこなかったので(☆☆☆)、口直しに Patrick Modiano の "The Black Notebook"(2012, 英訳2016)に取りかかった。Modiano を読むのは表題作(1990, 英訳1992)以来、ほぼ1ヵ月半ぶりだ。
 その "Honeymoon" だが、"Bewilderment" と同点ながら、好みだけでいえば、こちらのほうがよほどぼくの口に合っている。ほんとうは★をひとつオマケしたかったけど、ヒイキのひきだおしはよくない、と思い直した。とにかく Modiano は大好きな作家である。

 といっても、ぼくが "Modianesque"(モディアノ中毒)にかかったのは、そう昔のことではない。5年前の11月にも書いた話だが、ガーディアン紙の写真いり記事をなにげなく読んでいたら、何冊か積んである本のなかで、"Paris Nocturne"(2003, 英訳2015)がふと目にとまった。

 さっそくネットで調べ、カバーを見て即ジャケ買い。このタイトルでこの写真ならまちがいないと思った。Modiano が2014年にノーベル文学賞を受賞したことは後日知った。
 以来、"Honeymoon" は8冊目の Modiano である。もうそろそろ、「Modiano は大好きな作家である」などと、利いたふうな口をきいてもいいだろう。
 どこがそんなにいいのか。記憶に新しい "Honeymoon" と、いま読んでいる "The Black Notebook" の共通点に絞ると、「あの日に帰りたい」という切ない男心である。いや2作にかぎらず、きっとほかの作品にも当てはまるはずだ。
 それはたんなる懐古趣味や郷愁ではない。「あの日」は謎に充ち満ちていて、あのころ、わけがわからないまま、とにかく必死に、真剣に生きていた。あの謎の正体はいったいなんだったんだろう。それを解き明かすことが、いまの自分の人生を理解することにもつながるのではないか。がしかし……
 そんな過去の探索は、"Honeymoon" ではもっぱら、パリと郊外の町、それから南仏のリゾート地サントロペで行われる。Modiano を読むたびにいつも思うことだが、古い街並みがかなり残っている舞台でないと彼の小説は成り立たない。そこにいくつか、変容した空間がある。たしかあのころ、ここにはあのカフェがあって、彼女とふたりで、あるいは友人たちとよく語りあったものだ……
 その思い出に忍び寄る戦争、多くは第二次大戦の影。そうか、あの謎には戦争の影があったのか。
 例によって下手くそな説明だが、Modiano の小説にはそんな文脈が多い。この "Honeymoon" にしても細部がちがっているだけである。最後のパラグラフはこうだ。Circumstances and settings are of no importance. One day this sense of emptiness and remorse submerges you. Then, like a tide, it ebbs and disappears. But in the end it returns in force, and she couldn't shake it off. Nor could I.
 この she と I がどんな人物か不明でも大略、雰囲気は伝わってくるものと思う。「ラストの虚無感、喪失感がたまらない。一般読者の口に合うかどうかはさておき、〈モディアノ中毒〉患者には、とりあえず禁断症状を抑える効果あり。いや、もっと深く胸をえぐられたいと、ほかの諸作を再読したくなる点では薬効なしか」。

(Modiano を読むときのBGMにはブラームスがいいかも)