ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Sarah Waters の “Fingersmith”(1)

 きのう、2002年のブッカー賞およびオレンジ賞(現女性小説賞)最終候補作、Sarah Waters のご存じ "Fingersmith" をやっと読了。途中、諸般の事情で何日も中断したため、いつにもまして、まともなレビューが書けそうもない。さてどうなりますか。

[☆☆☆★★★] ギリシア神話アンドロメダをはじめ、「とらわれの姫」をテーマにした民話や童話などは数知れないが、本書は斬新なアイデアで従来のパターンを打ちやぶった秀作である。19世紀中葉、ロンドンの若いスリ師スーザンと、近郊の屋敷、茨の館に住む資産家の娘モードを中心に各人物の性格と心理が丹念に描かれ、しだいに財産詐取のクライム・ストーリーが進行する第一部のどんでん返しには、あっと驚いた。つづく第二・第三部で衝撃の真相が明かされ、当初単純に思えた犯罪が複雑な様相を呈するなか、ダマす娘とダマされる娘がふたりともダマされ、それぞれ異なる状況で「とらわれの姫」となる設定がユニーク。スーザンの監禁と脱出劇に凄みと迫力があり、モードのほうも緊迫した対決シーンでサスペンスが頂点に達するなど、後半ほど山場が連続。ふたりの娘が真に解放されるためには、彼女たちが事件の核心をすべて知らなければならない、という点でも類例は少ないだろう。人物描写やストーリー・テリングなど、ディケンズの影響があるのではと思って調べると、サラ・ウォーターズはかの文豪の大ファンとのこと。先達のような社会諷刺こそないものの、淫靡な世界や禁断の愛もかいま見せるあたり、まことにサービス精神旺盛。これはすぐれた文芸娯楽小説である。