ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Sarah Waters の “Fingersmith”(2)

 年明けから諸般の事情で冬眠中だったが、そろそろ頭を働かさないとボケがひどくなってしまう。数日前から Saraha Waters の "Affinity"(1999)をボチボチ読んでいる。なかなか面白い。
 これは周知のとおり既訳もあり、版元はあの推理文庫。だからたぶんミステリなんだろうと思い、いままでずっと敬遠してきた。ミステリはぼくの昔の恋人なので、なにかのきっかけで、いつまた焼けぼっくいに火がつかないともかぎらない。そうなると、しんどいながら守っている純文学路線が一気に消滅してしまう恐れがある。事実、寝床のなかでは清張ミステリを再読している。
 それが昨年11月、表題作を読んだときから、近いうちに "Affinity" も、と決めていた。実際手に取ってみると、なるほどミステリにはちがいないんだろうけど、事件らしい事件はまだ起こっていない。それなのにちょっと面白く感じられるのは、服役中の霊媒師 Selina Dawes がどんな犯罪をおかしたのか気になるから。1872年の Selina 自身の行動記録と、2年後に刑務所を訪れた Margaret Prior の手記が並行して進むうちに、犯罪の実態が明らかになるという流れのようだ。
 ただいまのところ、すごく面白い、とまではいえない。きっと冤罪なんだろうけど、どうやら降霊術がからんでいるらしく、べつにたいした事件でもなさそうだ。それをストーリー・テリングで保たせているのが本書の売りなのかも。どうでしょうか。
 その点、表題作で描かれた事件のほうは、途中、あっと驚くどんでん返しがあり、「当初単純に思えた犯罪が複雑な様相を呈する」展開がとても楽しかった。

 アクション・シーンがふんだんにあり、「淫靡な世界や禁断の愛もかいま見せるあたり、まことにサービス精神旺盛。これはすぐれた文芸娯楽小説である」。こちらを支えていたのもストーリー・テリングで、人物描写とあわせ、なんとなくディケンズを思い出した。
 といっても、ディケンズは大昔、翻訳で『ディヴィッド・コパーフィールド』と『オリヴァー・ツイスト』を読んだきり、とんとごぶさたしている。主な作品はペイパーバック版で書棚に陳列してあるけれど、どれも大作で文字どおり積ん読の山。それなのに、あ、これはディケンズ、とひらめいたのは自分でもフシギだ。
 それがケガの功名というか、ネットで検索したところ、こんな記事を発見した。https://www.nytimes.com/2015/10/16/t-magazine/my-10-favorite-books-sarah-waters.html
 そのなかで Saraha Waters は "Great Expectations" をいちばんに挙げ、I admire all of Dickens's novels, but this story of class, guilt, shame and desire is the one that's affected me most. It often pops up in my own writing, in ways I never expect. とコメントしている。これをもとにデッチあげたのが上のレビューというわけだ。
 そのときディケンズとの比較をぼんやり考えているうちに、本書の限界も見えてきた。これは周知のとおり、2002年のブッカー賞およびオレンジ賞(現女性小説賞)最終候補作だったのだけど、ブッカー賞は Yann Martel の "Life of Pie"(☆☆☆☆★)、オレンジ賞のほうは Ann Patchet の "Bel Canto"(☆☆☆★★★)にそれぞれさらわれてしまった。

 "Fingersmith" の場合、たしかにサービス精神は旺盛なのだけれど、描かれた犯罪から人間の内面や善悪の問題へと発展しない憾みがある。そのあたり、ぼくにはちともの足りなかった。栄冠に輝かなかったのも、むべなるかなという気がします。

(年始から作曲家のアルファベット順に古楽を聴きはじめ、きょうは  Charpantier  の番なのだが、いま聴いているCDをなぜかアップできない。下は、ゆうべ聴いた William Byrd。とりわけ、3声のミサ曲の美しさは筆舌に尽くしがたい)

Byrd:Three Masses

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