ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

William Faulkner の “Flags in the Dust”(2)

 オーストリアの女流作家 Veza Canetti(1897 - 1963)の "The Tortoises"(1939)をボチボチ読んでいる。彼女の夫はノーベル賞作家の Elias Canetti(1905 - 1994)で、『新潮世界文学辞典』にも記載されているが、Veza のほうは未掲載。一般には、埋もれた作家といえるだろう。
 同書の入手時期についてはさっぱり記憶にないが、たぶん、つぎのようなナチス関係の小説を読んだあと、その関連書を検索しているうちに見つけたような気がする。

 そんな "The Tortoises" をいまごろ思い出して手に取ったのは、時節柄である。カバーにハーケンクロイツの写真があるのでナチス物だろう。どんな内容なのか急に知りたくなった。
 舞台は1938年、ナチス・ドイツによるオーストリア併合直後のウィーン。巻末の著者年譜によれば、ユダヤ系である Veza Canetti は1939年1月にイギリスへ亡命後、それまで半年間のできごとを小説化したということである。
 とくれば、大筋については、不謹慎ないいかたになるが、読まなくても想像がつくだろう。実際、そのとおりの内容になっている。というわけで、これまた不謹慎な話だが、読んでいてすぐに眠くなる。上の時代におけるナチスの実態をいち早く告発した作品、という歴史的な意義のほかに、小説としてどんな点ですぐれているのか、それを見きわめたいと思っている。
 閑話休題。"Flags in the Dust" は、フォークナーのヨクナパトーファ・サーガについて研究している先生方や学生なら先刻承知の同サーガ第一作 "Sartoris"(1929)の完全版である。"Sartoris" は裏表紙の紹介によると、Faulkner's third novel, which appeared, with his reluctant consent, in a much cut version とのこと。その完全版がはじめて刊行されたのは1973年だった。なんてことは、ぼくはその説明を読むまで知らなかった。

 その歴史的価値はさておき、小説として面白いかといえば、そうねえ、たしかに「百花繚乱、多彩なトピックが織りなすファミリー・サーガに圧倒される。フォークナー渾身の力作」なんだけど、「やや荒削りで、まとまりに欠ける憾みもある」ことも事実。だから1929年当時の編集者がフォークナーに大幅なカットを求めたのも、むべなるかなという気もする。とりわけ南北戦争時の回想が、ぼくにはしんどかった。
 もちろん、なかにはケッサクなエピソードもあり、Old Bayard の顔にできた腫れ物が、近代医学の治療ではなくインチキな民間療法でポロっと落ちる話など、思わずふき出してしまった。ほかにも読者の好み次第でじゅうぶん楽しめる、「総じて短編集としても読める長編となっている」。
 ただし、上のように第一作ではあるのだけど、本書からヨクナパトーファ・サーガを読みはじめるのはあまりオススメしない。なんだこりゃ、と思えるほど、いろんなテーマの話が詰まっているので、それを頭のなかできちんと整理するのはたいへんだ。ぼくのように、のちの作品に接してから本書に取り組んだほうが、ああ、ここはあの本のあそこにつながるんだな、などと門外漢なりに理解した気分にひたれるはずだ。まじめな読者にとっても、きっとそのほうが研究に役だつことでしょう。

(下は、最近ゲットしたお気に入りのCD)