ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “La Place de l'Étoile”(1)

 数日前、フランスのノーベル賞作家 Patrick Modiano の第一作、"La Place de l'Étoile"(原作1968, 英訳2015)を読みおえたのだが、諸般の事情で、きょうまでレビューもどきをでっち上げる時間が取れなかった。
 本書は2015年に刊行された "The Occupation Trilogy" の第一巻でもあり、本来は合冊版をひとつの作品として扱うべきところだが、とりあえず一冊ずつ、単独の作品として評価することにした。さて、どうなりますか。

[☆☆☆☆] 幕切れのことばを借りれば、「錯乱、幻覚、夢想」に満ちた驚くべき狂騒劇である。主人公の青年ラファエル同様、「頭が破裂する」のでは、と思えるほどの混乱ぶりだ。第二次大戦後に生まれたユダヤ系フランス人、ラファエルがなぜか戦時中にタイムスリップ。実在の人物ともども対独協力者となり、ヒトラーの愛人と関係を結び、戦場を転々とする。のみならず、パリからノルマンディー、さらにはウィーン、テルアヴィヴへと移動するうちに、もっぱらフランス近代以降の著名な文学者が言及され、時には実際に登場してラファエルと交流。さながら時空を超えたトラヴェローグと化している。こうした驚天動地の設定はしかし、もとより単なる奇想ではなく、フランスの文学、文化、国民性そのものがかかえる矛盾と混乱を反映したものだ。ユダヤ人は昔から、自由と民主主義の本家本元であるフランスでも迫害されてきた。ナチス・ドイツによる占領時代には、モディアノ自身の父のように、なんとユダヤ系住民のなかにさえ対独協力者がいた。フランス人はあのとき、ほんとうにただの被害者だったのか。この悲痛な問いを発したのが戦後生まれの弱冠22歳の青年作家だったのだ。しかもそれが問われた形式は、現実とフィクションの融合により現実のゆがみを誇張し、単純な勧善懲悪型の歴史観を辛辣に皮肉る狂騒劇。まさに衝撃のデビュー作だったのでは、と推測するゆえんである。