ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Patrick Modiano の “Young Once”(2)

 表題作は、そういえば今年はまだ Modiano を読んでなかったな、と気づいて取りかかった。それからほぼ2ヵ月。ふだんは1週間もすれば粗筋を忘れてしまうこともあるのに、これは本にはさんでいる読書メモを見てすぐに思い出した。秀作でしょう。

 冒頭の舞台はフランスの the Foraz という丘陵地帯(?)にある山荘。いま調べると、スイスとの国境近くの山中に Foraz(フォラ)という村らしきところがあり、たぶんリゾート地なんだろう。
 ぼくは3年前の夏、マルセイユ郊外の町オバーニュのさらに郊外にある、ラ・トレイユという村を訪れ、マルセル・パニョルにちなんだ〈マルセルの小径〉を散歩したことがある。その帰りに撮ったのが下の写真。プールつきの別荘らしき家がならんでいる。場所はちがうけど、上の Foraz もこんな山のなかかもしれない。

 その山荘でヒロイン Odile の35歳の誕生パーティーがもよおされる。夫の Louis も1ヵ月遅れで35歳。13歳の娘と5歳の息子がいて、友人夫婦とその子どもたちもパーティーに参加。He (Louis) hugs her (Odile) to him and they burst out laughing. This is the first time in their life that they are celebrating one of their birthdays. It's a silly thing to do, but maybe the children will like it ...(pp.9-10)
 なんだか Modiano にしては明るすぎる場面だな、と思っていたら、「この中年夫婦の幸せなひとときから一転、ふたりの人生を運命づけた激動の青春の半年間へと切りかわる」。It rained for days on end in Saint-Lô, that fall fifteen years ago, making large puddles in the barracks yard. He (Louis) had actually stepped in the middle of one and felt an icy shackle grip hid ankles.(p.12)(Saint-Lô はノルマンディーにある街)。
 まさしく光と影。みごとな転調だ。やがて「兵役をおえたばかりのルイと歌手志望のオディールが出会い、日夜連続する危険と隣りあわせの冒険がはじまる」。
 ここから先は読んでのお楽しみだろう。「危険の正体はつねに明らかにされるわけではなく、示される場合も遠まわし。おたがいに秘密も生まれ、事件の核心は謎めいたフィルム・ノワールの闇の世界につつまれている」。
 ぼくがモディアノ節だなと思ったくだりのひとつはここだ。They did not know that this was their last walk through Paris. They did not yet exist as individuals at all; they were blended together with façades and the sidewalks. .... Later, when they remembered this period in their life, they would see these intersections and building entryways again. They had registered every last ray of light coming off of them, every reelection. They themselves had been nothing but bubbles, iridescent with the city's colors: gray and black.(p.154)
 2ヵ月ぶりに本書をふり返ってみると、テーマ的には「定番の通過儀礼」。文学史にのこる名作というほどではない。けれども、若いふたりの「凄絶な体験を時にドラマティック、時にノスタルジックに綴る緩急自在の語り口が絶妙」で、「過去を現在に重ねあわせるモディアノ節も全開。幕切れから上の冒頭シーンをふり返ると、たまらない切なさに胸をえぐられる」。
 本書を読んで、Modiano なんてたいした作家じゃないよ、という感想をもつひとがいたとしたら、そのひととは口をききたくないですね。