何回か前にも書いたが、この半年、ほとんどなにを読んでもウクライナ侵攻問題が頭にちらついてくる。とりわけ最近の作品がそうで、たとえば、おとといレビューをアップした "Treacle Walker"(2021) の世界は「謎と矛盾、パラドックスに満ちたカオスそのもの」。
とくれば、あ、これはロシアとウクライナの戦争にそっくり当てはまるのでは、と思ってしまう。侵略なのか解放なのか、原発砲撃という最新の展開にしても双方が相手を非難。もしどちらの主張も正しいなら、「謎と矛盾、パラドックスに満ちたカオスそのもの」としかいいようがない。
表題作の時代背景についても、同じような感想をおぼえた。中心となる舞台はアイルランド最果ての小島なのだけど、そこで起きるできごとの説明がひとしきりつづいたあと、短い断章形式で必ず、アイルランド本土で頻発するテロ事件のニュースが挿入される。
当初は、ふたつの流れがどこかで結びつくのだろうと予想していたが、事件発生の日時が島の時間進行を示しているだけで、ほかの関連性がなかなか見えてこない。島の生活と本土のニュースという静と動。その対比だけでおわるはずもないと思っていたら、ぼくもなぜかおぼえていたマウントバッテン伯爵の暗殺事件が発生(pp.293-294)。そのニュースをラジオで聞いた登場人物のひとり Mairéad と彼女の母 Bean のかわす会話が、たぶん静と動の最初の接点だろう。Did you hear, Mam? I did, Mairéad.(p.295)
この事件は Wiki によると1979年8月27日のことで、本書の記述とも一致する。これ以前にも本書の時代が1979年であることが示されていたが(p.66)、ここではじめて確定したわけだ。
なぜ1979年なのか。
ぼくはそう疑問に思わざるをえなかった。というのも、同じく Wiki によると、北アイルランド問題の現況としては、「小規模ながら暴力は続いている」程度。いいかえれば、くすぶってはいるが、昔のように激しい炎が燃えさかっているわけではない。
その、曲がりなりにも平和な時代ではなく、Audrey Magee はなぜ「テロ事件が頻発し、報復の応酬がくりひろげられてい」た1979年を本書の時代に選んだのだろうか。
ひょっとしたら、インタビュー記事かなにかで Magee 自身、この質問に答えているかもしれないが未確認。
本書がイギリスで刊行されたのは今年の2月3日。おそらくその数ヵ月前には原稿が完成していたはずだ。構想を練り、執筆を開始したのが前作 "The Undertaking"(2014)のあとなのか、それとも以前から腹案があったのか、これについても不明。
というわけで、なにがきっかけで本書の創作にいたったかは臆測の域を出ないのだが、結果的に、世界各地で紛争の絶えない現代の状況、とりわけ直近のものとして、「ウクライナ侵攻問題が頭にちらついてくる」ような時代設定になっていることだけは、たしかだろう。(この項つづく)
(下は、この記事を書きながら聴いていたCD)