ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Wilkie Collins の “The Woman in White”(3)

 小説の分類なんてくだらん。小説には面白いものと、面白くないものがあるだけだ。
 というのは昔から、少なくともぼくのまわりでは、よく耳にしてきた説だ。とりわけ、ミステリ・ファンにそういう意見の持ち主が多かった。
 ぼく自身はといえば、それもたしかに一理あると思うけど、でもその面白さをひとに説明する場合、ただ面白いというだけでは伝わらない。またこれからなにか読もうというとき、これは「時代小説の傑作」などと紹介されているほうが手に取りやすい。
 ってわけで、表題作はひと口にどんな小説なのか。未読の “The Moonstone”(1868)なら、「おそらくは世界最高の探偵小説と称すべき作品」とチェスタトンに激賞されているけれど、“The Woman in White” についてはチェスタトンはさほど言及していない。
 Penguin Classics の巻頭記事にはこう載っている。... it was with The Woman in White(1860)that Collins established his reputation, and the high-impact genre known as sensation fiction.  さらに裏表紙には、The Woman in White is the first and most influential of the Victorian genre that combined Gothic horror with psychological realism.
 ううむ、sensation fiction ですか。初耳ですな。裏表紙のほうも、その定義のような、そうでないような。
 学生時代、ぼくは銀座のイエナ書店によく足を運んだ。いま調べると、2002年1月に閉店とのこと。ぼくが最後に訪れたのはいつだったのか。
 当時、新刊洋書の入手先といえば、新宿紀伊國屋、神田三省堂日本橋丸善がメジャーな店だったが、そちらは学術書などおカタいものが多く、必ずしもエンタメ系が充実しているとはいえなかった。その点、そのころミステリの大ファンだったぼくには、イエナのほうが親しみやすかった。
 そんなある日の午後、ランダムに並べられたペイパーバックの棚をぼんやり眺めていたら(あの壁一面の棚は相当にインパクトがあり、あれは至福のときだった)、ぼくの横で立ち話をしていた若い女性のひとりが同じく棚に目をやりながら、「こういうのは sensational なものが多いんじゃないかしら」
 ふん、だったらここには来るんじゃない、とぼくはいいたかったがイエナかった(おやじギャグ、スミマセン)。ここで遅まきながら sensational の意味を確認すると、causing, or intended to cause, excited interest, attention, or shock(Longman Dictionary of English Language and Culture)。「sensational なもの」とは、たぶんそういうことだったんでしょうな。
 sensation のほうはどうか。上の辞書に sensation fiction という見出しはないが、三つ載っている sensation の定義のうち、the high-impact genre known as sensation fiction に合いそうなのは、(a cause of ) a state of excited interest ですかね。
 excited interest とは、表題作に即していうと、「the woman in white の登場をはじめ、不可思議な状況がつぎつぎに発生し、そこから生じるサスペンスがすごい。この先どうなるんだろうとハラハラ、ドキドキしながら読み進む楽しさ。それが本書の醍醐味でしょう」。
 というわけで、“The Woman in White” は要するに sensation fiction で決まり! でも、これじゃ未読のかたには取っつきにくいこと明白。「謎とサスペンス、陰謀、メロドラマ。そして人物造型。本書の名作たるゆえんはその五点にしぼられる」。ははあ、こんどはしぼりかたが足りない。五つは多すぎる。やっぱりサスペンス小説、もしくはサスペンス・ミステリでしょうか。なんだ、わかりきった話じゃないか! お粗末さまでした。(つづく)

(イエナ書店のブックカバーはどこにも見当たらなかったので、代わりに、3階にあったイエナの下、1・2階の近藤書店のものをアップ。この銀座本店も2003年に閉店したそうです。ちなみに、カバーに包まれている本は、瀬戸川猛資著『夢想の研究』)