ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Charlotte Wood の “Stone Yard Devotional”(1)

 きのう、今年のブッカー賞最終候補作、Charlotte Wood の "Stone Yard Devotional"(2023)を読了。Charlotte Wood(1965 - )はオーストラリアの作家で、デビュー作は "Pieces of a Girl" (1999 未読)。one of Australia's most original and provocative writers との評もあり、"Stone Yard Devotional" は7作目である。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★] コロナ禍の時代、われわれはなにを行ない、なにを考えたのか。本書はその答えのひとつである。無名の語り手「わたし」は人里離れた尼僧院を訪れ、未信者のまま滞在。静寂につつまれるなか、やがて「わたし」は夫と別れ、職を辞した女性とわかるが、詳しい経緯は語られない。その脳裡に去来するのはもっぱら、若い娘時代のつらく悲しい、あるいは苦い思い出だ。亡き両親、とりわけ病没した母、みんなでいじめたクラスメイト。ところがなんと、その同級生ヘレンがいまや世界を舞台に活動する修道女となり、「わたし」のいる尼僧院へやってくる。おりしもコロナ禍と重なり、院内ではネズミが異常発生。語り手はネズミ退治に悲鳴をあげながら、ヘレンをはじめ修道女たちとの交流を通じて自他それぞれの過去のトラウマと対峙。死別の悲しみはもとより、罪とあやまち、赦しなどに思いをめぐらし人生を検証する。そう、たしかにコロナ禍とは、「わたし」同様われわれ自身にとっても自分の問題とむきあう絶好の機会だったのだ。あのとき自分はどう生きたか、どう生きるべきだったか。本書はそのことを静かに思い起こさせる佳篇である。が、人生これからいかに生きるべきか、という問いかけはない。ここにはタイトルどおり「祈り」しかない。むろんこの世に処方箋などありはしない。神を信じる信じないにかかわらず、ひとはただ祈ることしかできない、というのが現実なのだろうか。