チンタラ読んでいた Samantha Harvey の "Orbital"(2023)が今年のブッカー賞を受賞。しぶしぶペースを上げ、やっと読みおえた。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆★★★] 事実は小説よりも奇なりというが、この小説は事実に即して奇なり。フィクションなのかノンフィクションなのか、まことにケッタイな本である。舞台は地球を周回する軌道上の国際宇宙ステーション。六人の宇宙飛行士がながめた地球のようすやステーション内外の活動など、16周する一日の記録が即物的に淡々と綴られる。台風の動きは立体的で興味ぶかく、美しい日の出のシーンにも目を奪われるが、いや待てよ、これならいっそドキュメンタリー映画のほうが、より感動的なのでは。いろいろな実験や観測にしても、科学雑誌「ニュートン」の記事でこと足りるはず。いきおい、こうした現象・事実の報告は周回数に反比例して新鮮味をうしなう。一方、飛行士たちをめぐるドラマは皆無。彼らは国籍のちがいこそあれ、任務にたいして平等均一の存在であり、個性に乏しく、たがいの「内面生活への侵入」を禁じられ、ゆえに内的葛藤や価値観の対立など生じるべくもない。神の存在や宇宙の歴史、地球環境の変化、「宇宙船地球号」の乗員としての人類といったテーマが俎上に載ることもあるが、どれも月並みで、しかも深掘りされず、つぎつぎとリレー式に進む点では眼下の景色と変わらない。「事実に即して奇なり」とは、こんな小説もありなのか、という驚きの意であって、内容そのものはケッタイでもなんでもない。日本人飛行士チエと彼女の母のエピソードが心にしみて秀逸。日本の読者にとっては唯一の救いだろうか。