ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

2024年ブッカー賞ぼくのランキング

 この秋口から喘息、さらには腰痛に悩まされ、超絶不調。なにを読んでいても、ちょっと面白くないなと思っただけで小休止、あげくに大休止。おかげで例年と異なり、ブッカー賞の発表当日になっても私的ランキングを公開できなかった。(そうそう、去年は去年で発表日を勘違いし、公開はやはり後日だった)。
 それでもきのう、やっと今年の受賞作を読みおえ、未読の最終候補作もあと二冊。とりあえず暫定ランキングなら作成できそうだ。(いまチェックすると、去年も完成したのは年末だった)。
 その前にまず、現地ファンの投票結果による最終候補作のランキングを紹介しておこう。
1. James
2. Stone Yard Devotional
3. Orbital
4. Held
5. Creation Lake
6. The Safekeep
 ぼくのランキングも似たようなもので、きょう現在つぎのとおり。(12月9日確定)。

(追記:後日、「未読につき番外」の "The Safekeep" を読んだところ、これを1位に推すことにしました。そのレビューと、変更後のランキングを本稿の末尾にアップしています)。

1. James(☆☆☆★★)

2. Stone Yard Devotional(☆☆☆★★)

3. Held(☆☆☆★)

4. Creation Lake(☆☆☆)

5. Orbital(☆☆★★★)

(未読につき番外)

The Safekeep (English Edition)

The Safekeep (English Edition)

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 4位(11月17日の時点では空白)に入る予定の Creation Lake は先ほど、この記事を書きながら読みだしたところ。まだなんともいえないが、Orbital よりは面白そう。それどころか、もしかしたら、もっと上をねらえるかもしれない。The Safekeep はロングリストの段階から人気薄だったのでパス。
 上のリストを見て率直に思ったのは、「例年、ブッカー賞の低調ぶりを嘆くのは決まりごとかもしれないけれど、今年はほんとうに低調だった」。
 これは2022年の記事からの引用で、同年の1位は☆☆☆★★★。2位が☆☆☆★★で、3~6位は☆☆☆★。

 ついで、「ところが今年は、その去年以上に低調だった」と書いたのが2023年。このときは、1~5位すべて☆☆☆★★。

 してみると、今年はさらに低調だった。そのひと言につきる。ブッカー賞といえば、世界文学の最先端をいく最新最高の傑作・秀作が受賞するもの、というイメージがあるが(ぼくがブッカー賞なるものを知った今世紀初頭の印象)、いまやまるでぼくの体調・老衰ぶりを象徴しているかのようだ。しかし実際はおそらく、文学の水準が低下したのではなく、読み手の側、つまりぼく自身の読解・鑑賞力が落ちたということだろう。
 それでもやはり、文学の水準低下は否めない。一連のブッカー賞関連作品に取り組む前、ぼくはたまたま今年ずっと、十九世紀英米文学の古典巡礼に出かけていた。とそう書いただけで、ぼくのいいたいことが伝わるのではないか。

 読んだばかりの Orbital はさておき、ふりかえると内容を憶えているのは James くらい。ショートリストにはのこらなかったが、My Friends もなかなかよかった。

 その James にしても My Friends にしても、二十一世紀のマイルストーン的な作品とはいいがたい。
 そういえば、ガーディアン紙につづき、ニューヨーク・タイムズ紙も今世紀のベスト100作品を発表しているけれど、なにしろまだ四分の一世紀だ。単純計算で25作品のところ、四倍水増しした結果としか思えない。へえ、アメリカ人はあんな本が好きなんだ、とニヤニヤしましたけどね。
https://www.theguardian.com/books/2019/sep/21/best-books-of-the-21st-century
https://www.nytimes.com/interactive/2024/books/best-books-21st-century.html
 以下、後日この記事に加筆する予定です。

   追記1:12月9日。Creation Lake を4位に格付け。予想どおりの結果でした。
 追記2:12月31日。まず受賞作の Orbital だが、どうしてこんなものが選ばれたのか、とニュースを知って絶句。これほどぼくの口に合わない作品はひさしぶりだ。要は、国際宇宙ステーションからながめた時々刻々変化する地球の風景が描かれ、それに呼応して、宇宙飛行士たちの脳裡に去来するいろいろな思いが綴られるだけ。前者はドキュメンタリー映画か、雑誌「ニュートン」の写真で代用できそうだし、後者は平凡なトピックスの羅列にすぎない。選評は未読だが、ぼくの見すごした美点が評価されたのだろう、というしかない。
 1位に推した James は、名づけて「ハックルベリー・フィンの冒険外伝」。ハックは助演にまわり、原典で脇役だったジム(ジェイムズ)が大活躍。今年の全米図書賞に輝いたのもおおいにうなずける会心の冒険小説だ。しかしそれ以外の要素がいただけない。ジムとヴォルテール啓蒙思想家との奴隷制談義など、人種差別を扱うさいの紋切り型から脱しようとした試みは評価できるが、議論そのものは不発。ほかのブンガク的工夫も突っこみが足りない。
 Stone Yard Devotional はコロナ禍を描いた作品。破局的な状況に焦点を当てず、ホームステイ生活を余儀なくされたのが、じつは自己検証に絶好の機会だったと思い起こさせるところがいい。が、検証される内容は死別の悲しみや、あやまちと赦しなど、ありきたり。
 Held は「人生の断片集」。人生のさまざまなピースをちりばめた、「叙情的な散文詩と観念的で晦渋な瞑想」の世界だが、その瞑想の先にあるのが「大略、愛と死」ときては、解読に要した時間をかえしてくれ、といいたくなる。
   Creation Lake は落ち穂ひろいの途中。書きのこした点を要約すると、これはエコテロリズムをスパイ小説の技法で描いたもの。その「ミステリ部分はけっこう面白い」のだけど、あと半分の哲学的瞑想が退屈。
 以上まとめると、これまた月なみな感想だが、「もはや語るべきことは語りつくされてしまった現在、あとは状況と語り口で攻めていくしかない」という文学の閉塞状況が見えてくる。Orbital の受賞は典型例だろう。この程度でブッカー賞受賞とは、文学の水準低下を物語っているような気がしてならない。
 コロナ禍はやっと収束したかのようだけど(ぼくは最近、ワクチン未接種)、世界では今年も大事件が起こり、相変わらず流血の惨事が絶えない。Orbital の一節のように、Humankind is a band of sailors, ... a brotherhood of sailors out on the oceans. Humankind is not this nation or that, it is all together, always together come what may.(p.134)などと、そらぞらしい理想論、平和論を唱えている場合じゃないだろう。
 惨事の前兆は東洋の島国周辺でも認められるようだが、そんなことも忘れたのか、べつの問題がおらが選挙の争点だったとは、「不適切にもほどがある」。
 なんていうのは、じっさいにはなにも活動していない老人のボヤキですな。ぼくはただ小説を読み、それをネタにあれこれ瞑想にふけっているにすぎない。
 ただ、ときどきドキっとすることがある。酷評した Orbital に出てくる日本人宇宙飛行士、Chie の祖父母は長崎の犠牲者・被爆者で、If he'd [Chie's grandfather had] not stayed at home the baby would not have stayed home with him; if the baby - Chie's mother - had gone to the market that day, her brief life would have met its end and Chie would not have later existed.(p.60)
   いつかどこかで書いたことかもしれないけれど、ぼくの亡父もじつは特攻隊員で出撃命令を受けていた。が、さいわい出撃前に終戦。もし父が出撃していたら、I would not have existed.
 とそんな個人的体験を思い出すだけでなく、ボケた頭をおおいに刺激するような「ドキッとすること」に出会えないものか、と今年もブッカー賞レースを追いかけたのだけど、結果は上のとおり。去年の総括から引用して駄文のおわりとしよう。「いでよ、21世紀の George Orwell! 知的に誠実な思索を深め、それを言語芸術としてみごとに表現する作家はどこかにいないものか」。

 以下は、変更後のランキングです。

1. The Safekeep(☆☆☆★★★)

2. James(☆☆☆★★)

3. Stone Yard Devotional(☆☆☆★★)

4. Held(☆☆☆★)

5. Creation Lake(☆☆☆)

6. Orbital(☆☆★★★)