肉親の死、家族との別れ。それは文学史上、古典古代の昔から語り継がれてきた永遠のテーマのひとつであり、実人生でも、いつかはだれでも経験する万人共通のテーマである。
ゆえにこれを扱った作品なら必ず読者の共感を呼びそうなものだが、やはり出来不出来があり、古い話だけに過去の傑作名作と比較され、平凡陳腐とのそしりを受けやすい。状況や語り口をよほど工夫しないかぎり、なかなか涙の感動作は生まれにくい。
とそんなハンデをものともせず、"Held" はおおいにがんばったほうだとは思うけど、結果は、まあ読んでおいていい程度。共感をおぼえるひともいるかもしれないが、その共感もおそらく読者の人生観、価値観を左右するほどのものではないだろう。
ここでもういちど、共感 sympathy の定義を確認しておこう。Longman Dictionary of English Language and Culture によると、小説と関係がありそうなのは、1 sensitivity to and understanding of the sufferings of other people, often expressed in a willingness to give help 2 agreement with or understanding of the feelings or thoughts of other people.
さて、冒頭に挙げたような喪失が、こうした sensitivity to and understanding of the sufferings ... や、agreement with or understanding of the feelings or thoughts ... を呼びさますのは、死が、死別が万人共通の悲劇だからである。ではその「悲劇」とはなにか。
同じく Longman によると、tragedy の第三の定義とその用例はこうだ。a terrible, unhappy, or unfortunate event: Their holiday ended in tragedy when their hotel caught fire. | It was a great tragedy that she died so young.
つまり、ほぼほぼ「悲しい劇」というわけだが、tragedy には第一および第二の定義がある。1 a serious play ends sadly, especially with the main character's death, and is often intended to teach a moral lesson: 'Hamlet' is one of Shakespeare's best-known tragedies. 2 plays like this considered as a branch of literature. (Ibid.)
たった一冊の辞書だけで tragedy を論じるとは無謀もきわまれりだけど、いまここで古今の名著をひもとくゆとりはない。
ともあれ、ぼくが死は悲劇といったとき、それは a terrible, unhappy, or unfortunate event「悲しい劇」という意味であって、moral lesson のことはまったく脳裡になかった。と同様に、"Held" でも、その前に採りあげた "Stone Yard Devotional" でも、moral lesson への言及はいっさいなく、そこにはただ喪失の悲しみがあるだけだった。すべてはそこに原因があるのではないか。
悲しみと悲しみへの共感があるだけで moral lesson はない。moral lesson のない「悲しい劇」とは、文学的には悲劇というよりむしろ、melodrama なのではないか。(a type of) exciting play, full of sudden events, very good or very wicked characters, and (too) strong and simple feelings.(Ibid.)
死という sudden event が、悲しみという strong and simple feeling をもたらすだけで、moral lesson がない。ゆえに読者は「共感以上のもの」が得られない。「共感の次元をはるかに超えた高みや深み」へと引き上げられ、引きずりこまれることがない。そこに大半の現代文学が melodrama と化してしまった、つまりは文学の水準低下の一因が認められるのではないか。
なんていう話もじつは平凡陳腐で、だからこそぼくは Longman 一冊で片づけてしまった。
疑問はまだつづく。「すべてはそこに原因が」と書いておきながら、ではなぜ、いまや文学は melodrama が主流になってしまったのか、という問題がのこっている。この点については次回、いよいよ今年のブッカー賞受賞作 "Orbital" の落ち穂ひろいをしながら考えたいと思います。(了)
(直近で見た映画は『世界一キライなあなたに』(2016)。原作が Jojo Moyes の "Me Before You"(2012 ☆☆☆★★)と知ったのは、なんと今年の7月だった)