ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Samantha Harvey の “Orbital”(2)

 えっ、いったいどうなっとんねん!?
 本書が今年のブッカー賞を受賞と知ったときは、ほんとうに驚いた。
 novella といってもいいほどの薄い本で、取りかかる前は楽勝と思ったものだけど、いざ読みはじめると、舞台の国際宇宙ステーションが地球を三周したあたりでスローダウン。以後、ものの一、二ページ進んでは目が止まり、手近にある本や画集、写真集などをパラパラ。なかでも雑誌「ニュートン」の別冊は気晴らしにうってつけだった。

 おかげで、上の発表時になってもまだ片づかず、のこりは読み流してしまった。いつもまめにメモを取るぼくとしては、こんなこと、ちょっと記憶にない。
 それほどまでに乗れない作品がなんと栄冠に輝いたのだから、まさに晴天のヘキレキ。でもまあ、文学とその作品評価にはいろいろな立場や考えかたがあって当然で、これひとつ、と決めつけてしまうと、どこかの国の大統領と同じ発想になってしまう。選評は未読だけど、きっとぼくが見すごしてしまった美点があるのだろう。
 ともあれ本書では、地球を一日16周するという国際宇宙ステーションの「一日の記録が即物的に淡々と綴られる。台風の動きは立体的で興味ぶかく、美しい日の出のシーンにも目を奪われるが、いや待てよ、これならいっそドキュメンタリー映画のほうが、より感動的なのでは」。
 とそんな気がしたのは、「地球は青かった」というガガーリン、最近では広瀬すずちゃんのことばを思い出したからだ。上の印象的な事例は、要約すると、「地球は青かった」のたぐいと似たり寄ったり、といえばいいすぎか。
 時々刻々と変化する地球の景色と同様、宇宙飛行士たちの脳裡にうかぶ思いもさまざまだ。「神の存在や宇宙の歴史、地球環境の変化、『宇宙船地球号』の乗員としての人類といったテーマが俎上に載ることもあるが、どれも月並みで、しかも深掘りされず、つぎつぎとリレー式に進む」。
 とりわけガッカリしたのはこのくだり。Nell wants sometimes to ask Shaun how it is he can be an astronaut and believe in God, a Creationist God that is, but she knows what his answer would be. He'd ask how it is she can be an astronaut and not believe in God. They'd draw a blank.(p.44)
 宇宙から地球をながめる目とは、いわば「神の目」である。なのに神の話題がたったこれだけとは。せめて、『ワイルド・スピード SKY MISSION』に出てくる「ゴッド・アイ」くらいの扱いはしてほしかった。っていうジョークはさておき、まあ、神の存在なんて、どうでもいいトピックなんだろな。それなら上のような禅問答は、神ではなく紙のムダ。
 彼らがじっさい目にしたもののひとつはこうだ。When they look at the planet it's hard to see a place for or trace of the small and babbling pantomime of politics on the newsfeed, and it's as though that pantomime is an insult to the august stage on which it all happens, an assault on its gentleness, or else too insignificant to be bothered with.(p.73) One day they look at the earth and they see the truth. If only politics really were a pantomime. If politics were just a farcial, inane, at times insane entertainment ... if that were the beginning and end of the story it would not be so bad. Instead, they come to see that it's not a pantomime, or it's not just that. It's a force so great that it has shaped every single thing on the surface of the earth that they had thought, from here, so human-proof.(p.74)
 通り一遍の政治論である。政治に翻弄された結果、戦争やテロで多くの人びとが血を流している国の読者なら、なにが human-proof だ!と怒り心頭に発するのではないか。たしかに戦争もテロも、じつは human-proof にはちがいないのだけど、それをそうと明言せず、そのゆえんを論証もしない以上、「通り一遍の政治論」というしかない。
 つぎもそらぞらしい。Humankind is a band of sailors, ... a brotherhood of sailors out on the oceans. Humankind is not this nation or that, it is all together, always together come what may.(p.134)
   ひろい読みした終章の一節だけど、いやはや、ヒドさもヒドし。そりゃ宇宙から見ると、地上の流血の惨は目に入らないでしょう。でもまさか、これが結論ってことはないでしょうね、Samantha さん!
 あれあれ、なんだかバリザンボーばっかり。堅苦しいレビューとちがって、落ち穂ひろいは気軽な楽屋話ということで、つい口が、パソコンのキーを打つ指がすべってしまった。でもいちおう、酷評の理由は述べたつもりです。
 とはいえ、もちろん心にのこったエピソードはある。それが「喪失の悲しみ」とかかわっているのです。(つづく)