Lorrie Moore(1957 - )の作品は初見と思ったら、既読書リストをチェックしたところ、2010年のオレンジ小説賞(現女性小説賞)最終候補作、"A Gate at the Stairs"(2009 ☆☆☆★★)を読んでいたことがわかった。
もちろん同書の内容もすっかり忘れていたけれど、「コミカルかつ哀感のこもった語り口に、くすっと笑わされたり胸をえぐられたり」というのは表題作にも当てはまりそうだ。もしかしたら Lorrie Moore の持ち味かもしれない。
この悲喜劇調は、通過儀礼がテーマの旧作より、愛と死をめぐる新作のほうが大きな効果を発揮している。全篇の白眉はこのシーンだろう。The moon, which had wandered along the path of the absconding sun, had its hiddenness revealed, floating behind the autumn clouds, then in front, as if dodging a searcher with a searchlight. There was some rustling of leaves behind him [Finn]. He heard a voice say, "I was hoping you'd get here soon."/ He felt his heart suddenly pound in his ears. What rueful ruse is this? A quote from nothing, but they [Finn and Lily] both sometimes said it anyway./ And so he said it now, like a password. Or, perhaps, a security question, like one's first pet or one's mother's maiden name. Except it came out as simply "What?" Terrible pain flew up in him and spun him./ There was Lily, standing in the dead fleabane, holding a large grapefruit like a globe, her shroud draped around her, a cocooning filthy gown. She seemed to have emerged from a mist that still swirled about her feet. Beneath the shroud she wore some institutional white pajamas.(pp.77 - 78)
2016年。ホスピスに入院中の兄 Max を見舞いにニューヨークに出かけた Finn は、元カノの Lily が自殺し埋葬されたという知らせをうけ、急遽、イリノイ州の田舎町に引きかえして墓地を訪れる。ところがなんと!
粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の 洗い髪
死んだはずだよ お富さん
生きていたとは お釈迦さまでも
知らぬ仏の お富さん♪
眠い目をこすりながらページをめくっていたぼくは、上の場面で「えっ」と思わず絶句。あわててパラパラ読みかえしたものだけど、やっぱり「死んだはずだよ Lily さん」。なのにこのあと Lily はしっかり生きている。いやはや、Dracula なのか zombie か。
けれどもこれは、ホラー小説やオカルト話ではない。「以後、夢か幻想か、はたまた現実か、なんとも奇妙キテレツな物語がはじまる。ときに哀調を帯びつつブラック気味のユーモアに満ち、コミカルでありシリアスでもあり、生と死をめぐる哲学的思索もあればナンセンス劇もあり、まことにオフビート」。
とそこまではいいのだけど、これに冒頭から挿入される南北戦争後、ある田舎町の宿屋の話がいただけない。女主人と、彼女をくどくハンサムな宿泊客とのやりとりはユーモラスで笑えるが、本篇のブラックユーモアとはかみ合わない。
と思ったら最後、やっと整合性が見えてくる。でもこの過去篇、蛇足じゃないかしらん。「現代篇だけでじゅうぶん人類共通の課題」、すなわち「愛するひとの死はどう受け容れたらいいのか。その死は、彼らとの絶縁を意味するものなのか」という問題の重さが伝わってくる。それを悲喜劇調で綴ったところに Finn と Lily の物語のおもしろさがある。
なお、蛇足といえば、Finn と Max の会話も「多岐にわたり退屈なまでに散漫」。「死の床にある相手とは、とりとめもない話しかできなくて当たり前だろう」と思いつつ、やっぱり眠かった。
それにひきかえ、旧作 "A Gate at the Stairs" のほうはシンプルな構成だけに、よくまとまっている。新作よりユーモア度は落ちるが、「通過儀礼は涙の数だけおもしろい」というものでした。(つづく)
(春日八郎の「お富さん」に出てくる「いきな」「あだな」はもはや死語だろう。そもそも「お富さん」といえば、『富江』を連想するひとのほうが多いんじゃないかしらん。『リング』ほどじゃないけど、怖かった)
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