ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

V.V. Ganeshananthan の “Brotherless Night”(1)

 きのう、昨年の女性小説賞受賞作、V.V. Ganeshananthan の "Brotherless Night"(2023)を読了。Ganeshananthan(1980 - )はスリランカ系のアメリカ人作家で、長編第一作は "Lost Marriage"(2008 未読)。第二作の本書はその一部がまず短編として発表され、着想から完成にいたるまで20年近くも要したとのことである。さっそくレビューを書いておこう。

[☆☆☆★★★] 塩野七生の『ギリシア人の物語』によると、古代では通例、戦争で降伏した男たちは全員処刑され、女子どもは全員奴隷として売り払われたという。以来、二十一世紀の現代にいたるまで、戦争の歴史は程度の差こそあれ、虐殺と人権侵害の歴史でもあった。1980年代にはじまったスリランカ内戦でも、家にのこった少女サシには「兄のいない夜」が訪れ、サシ自身も悲惨な現実を目のあたりにすることとなる。しかし彼女は傍観者ではなく人権活動家と協力し、スリランカ政府軍、タミル人武装勢力「トラ」、インド平和維持軍の三者が覆い隠そうとする事実を積極的に検証。その過程で民間人、とりわけ女性ならではの視点を活かし、彼女たちが遭遇した悲劇の一部始終を克明に記録する。ときにサスペンスが高まり、激しいアクションシーンに目を奪われるが、なにより感動的なのは、死を賭して「不都合な真実」を明らかにしようとする正義感、信念のつよさである。と同時に、政治信条のちがいにより家族や友人同士が引き裂かれる現実の厳しさ。その相違を度外視して医療にたずさわる奉仕精神のみごとさ。戦争という限界状況では、よかれあしかれ、人間の本質がいやおうなく浮き彫りにされるのだと、あらためて痛感せざるをえない。この極限をフィクションとして表現するには、いったいどれほどの苦労を要したことか。行間から血と涙があふれてくるような、作者がまさに心血をそそいだ渾身の力作である。