さて "Bleak House"(1853)、あくまで試読のつもりだが、三つほどの理由で読みつづけている。
まず、語彙をべつにすると英語は危惧したほどにはむずかしくない。とりわけ Esther Summerson が語り手のときは比較的簡単。むろん回りくどい凝った表現が多く首をひねることもあるが、まあ、だいたいこんな意味だろうと勝手に解釈している。
去年の古典巡礼をふりかえると、Austen のほうが若干むずかしかった。あのときは、いくつか難解な箇所に出くわしてネットで検索するたびに、ぼくと同じ疑問をもつ読者がいて、それにちゃんと答えるスゴイひとがいることを発見したものだけど、Dickens の場合はいまのところ、そこまで厄介ではない。
ただし、英語版 Wiki は活用している。登場人物がやたら多く、これだれだっけ、と忘れっぽいぼくにはありがたい。
つぎに、期待した内容ではないが、おもしろい。期待というのは、タイトルからしてゴシックロマンかと思ったのだけど、これもいまのところ、その気配はない。
が、代わりに、いかにも英文学らしい人物造型と状況設定、プロットの展開が後世のあれやこれやの作品を想起させ、興味ぶかい。ひと口にいうと、digression の効用か。まだ序盤のせいでもあるが、まさかこれが本筋ではないだろうというエピソードの連続で、スピーディな現代の作品とは大ちがい。フランスやロシアの古典でもそうだった。ムダのようでムダではない。物語の厚みが増すからだ。意味のある digression は十九世紀の文豪、大作家の共通項かもしれない。
その厚みは細部へのこだわりから生まれるものでもある。室内なら家具や調度、人物なら端役にいたるまで性格や容貌、声の調子、服装などをみっちり描きこんでいく。ヒロインとなればなおさらで、上の Esther。たぶんヒロインなんだろうけど、この善良で愛情豊かな娘がなかなか魅力的だ。不幸な出自も後続の鼻祖たるゆえんであり、彼女の存在もあってつづきが読みたくなる。
一方、外出時のバスの友、"The Prime of Miss Jean Brodie"(1961)はまったく対照的だ。brief and to the point というか、どの人物、どの場面もピシッピシッと小気味よいテンポで活写される。同じ英文学なのに百年たつと、こうもスタイルの異なる作品が出てくるものかと併読のおかげで気がついた。
閑話休題。"Brotherless Night" でぼくがいちばん感動したのはこの一節だ。When the young cadre behind her [Anjali] trembled and lifted his Kalashnikov she deliberately turned around so that he would have to shoot her through the eyes instead of the back of the head, without facing her./ “If you kill me you'll never get over it,” she said to him in Tamil, “I won't have to curse you. The gods you believe in won't even curse you. You'll just live a long life and remember me./ “I don't believe in God,” she told him clearly. “But I believe that you can do something else.”/ But he didn't.(p.315)
ヒロインの医学部生 Sashi の指導教授 Anjali は、タミル人武装勢力 the Tigers の不都合な真実をあばきつづけ、脅しにも屈せず敢然と死んでいく。死を賭しておのが信念、おのが正義をつらぬく姿のなんとみごとなことか。
しかしその信念、正義は人びとを、家族でさえも引き裂くものでもある。“Ah,” he [Seelan] said. “... You've caused me a lot of trouble. I should take you back to T―.”/ “You were a brother before you were a Tiger,” I [Sashi] said. “Will you really do that?”(p.322)
人権活動家の Anjali に協力する Sashi としては、the Tigers の非人道的な所業を見すごすことはできない。が、組織の一員である兄は兄で、Sashi の行動を黙認することはできない。ふたりの対峙がどんな結末を迎えたかはさておき、政治的信条や宗教的信念の相違から、「話せばわかる」ではなく、「問答無用」の世界が生じやすいことは厳然たる事実だろう。
一方、Sashi は the Tigers の野戦病院でボランティアとして医療行為にたずさわっている。そこには軍人であれテロリストであれ民間人であれ、random に負傷者や病人が運ばれてくる。個人的な信念の介入する余地はまったくない。その奉仕の精神と悲惨な現実との対比も読みどころのひとつである。
以上、「戦争という限界状況では、よかれあしかれ、人間の本質がいやおうなく浮き彫りにされるのだと、あらためて痛感せざるをえない」。
これにくらべると、同じくスリランカ内戦を扱いながら、マジックリアリズムを駆使した2022年のブッカー賞受賞作、"The Seven Moons of Maali Almeida"(2022 ☆☆☆★★)はなんとあざとく見えることか。人間性の本質を直裁に描いた "Brotherless Night" のほうが、ぼくには「作者がまさに心血をそそいだ渾身の力作」(☆☆☆★★★)だと思えてならない。(了)
(先日の帰省で宇和島市妙典寺を訪れたら、ぼくが子どものころよくセミを捕った桜の木が伐採されていた。11年前はこんなにみごとに花を咲かせていたのに。ガクゼンとした)
