国際ブッカー賞の発表日が近づいてきた。現地ファンによる最新人気ランキングはつぎのとおり。"Perfection" が対抗馬に浮上するなどレース展開に少し変化が見受けられる。
1. Small Boat by Vincent Delecroix
2. Perfection by Vincenzo Latronico
3. On the Calculation of Volume I by Solvej Balle
4. Heart Lamp by Banu Mushtaq
5 or 6. Under the Eye of the Big Bird by Hiromi Kawakami
6 or 5. A Leopard-Skin Hat by Anne Serre
ぼくは急遽 "Perfection" をアマゾンUKに注文。発送通知もきたけれど、すでに入手済みの "Small Boat", "On the ... " ともども、今月20日の発表までに読みおえるのはむりだろう。
というのも、いま取り組んでいるのは "Small Boat" だが、ノヴェラといっていいほどの長さなのに、なかなか進まない。理由はふたつ。まず "Bleak House" と併読中につき、読むのはもっぱらバスのなか。つぎに、まだ序盤のせいかもしれないけれど、あまり乗れない。
これは2021年、the Channel で実際に起きた海難事故がもとの話のようだ。small boat でイギリスへ渡ろうとした多数の移民たちが死亡。このとき連絡をうけたフランス沿岸警備隊の女性隊員「わたし」が警察から判断ミスの責任を問われる。その問答にからんで「わたし」はあれこれ考えるのだが、そのうちバスの振動に誘われ睡魔が接近。警察と「わたし」の立場の相違がわかったところで、ついコックリ。ただし、仏語の原著は2023年のゴンクール賞一次候補作ということなので、きっと中盤あたりから盛り上がるんでしょうな。
ゴンクール賞といえば、Patrick Modiano も "Missing Person"(1978)で受賞している(☆☆☆★★)。が、ぼくの Modiano ゴヒイキ・ベスト3は、"Dora Bruder"(1997)と "Paris Nocturne"(2003)が双璧でどちらも☆☆☆☆。ついで、以前は "Suspended Sentences"(1993 ☆☆☆★★★)を挙げたが、ゴヒイキとは偏愛の意。いまは "After the Circus"(1992 ☆☆☆★★★)でもいいような気もする。
前回(2)ではエンディングを紹介したが、冒頭はどうだろうか。I was eighteen, and the man whose face I don't recall was typing up my legal status, address, and supposed student enrollment as far as I could state them. He asked how I spent my free time.(p.1)
つぎのくだりも引いておきたい。I was seated near the window, my eyes fixed on the Quai des Orfèvres. Her interrogation lasted much longer than mine. Night had already fallen when I saw her walking toward the café./ As she was passing by, I tapped on the window with the back of my hand. She looked at me in surprise, then came inside to join me.(p.3)
以上を要約すると、「1960年代なかばアルジェリア戦争後のパリ。文学部の学生ジャンは不可解な理由で警察の事情聴取を受けたあと、いれちがいに聴取されたジゼルに関心を寄せる」。
ここまで読みかえして気づいたことがある。初読のとき、読者は Jean と Gisèle(この時点ではまだ I と she)がその後、たぶん恋人同士になりそうだと期待しつつ、実際どうなるかはわからない。しかし上は十年後の Jean の回想なので、Jean 自身はわかっている。けれどもそれが回想ということは、おそらくハッピー・エンディングではないだろうと読者にも薄々見当がつく。
こうした期待と予感ゆえ、「読後しばし茫然。主人公同様、『頭がまっ白になった』。恐れていた結末がこんなかたちで訪れようとは」。
さて、その結末を知ったうえで冒頭の数ページを再読したぼくは思った。こんな体験をふりかえり、つとめて客観的に記述するには、やはり十年という歳月の流れが必要だったのだ。それ以上長ければインパクトが薄まり、みじかければ冷静になれない。俗に十年ひと昔というが、この区切りは洋の東西を問わず、真実なのだろう。
もうひとつ。「十年後、ジャンは当時の舞台を再訪しながらジゼルを想う。過去と現在が重なり、ナチス占領時代の記憶も溶けまじり、胸をかきむしられる」。
胸苦しさをおぼえるのはもちろん、Jean と、彼に共感する読者である。その(うぶな)読者が結末を知ってから、ふたたび読みはじめたとしたら、こんどはいったいどうなるのだろう。なにしろ、つらい小説だ。(うぶな心が張り裂ける)。それが最後まで再読となると、さらにつらくなることは必至。これは当分、書棚の隅にそっと置いておくにかぎる。いやはや、ぼくは相当な Modiano 中毒患者のようだ。(了)
