きのう、今年の国際ブッカー賞受賞作、Banu Mushutaq の "Heart Lamp"(2025)を読了。Banu Mushutaq(1948 - )は南インド四州の一つ、カルナータカ州出身の作家で、活動家、弁護士でもある。本書は全12話の短編集で、原語はカルナータカ州の公用語カンナダ語。2013年刊短編集の10話(最も早い初出は1990年)と、2023年の2話を一冊にまとめて英訳・収録したものである。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★] インドの一定の農村部には、カースト制とイスラム教というふたつの壁があるようだ。その壁に近代化の波が押しよせ、壁の一部が崩落しながらも壁自体はまだのこっている。本書は、そんな壁をはさんだ価値観のゆらぎ、新旧の攻防から生まれた悲喜劇の集成である。第二話『火の雨』では、財産をめぐる骨肉の争いにはじまり、宗教の壁がじつはフィクションかも、と思わせる結末へといたる皮肉なツイストが秀逸。極端な男尊女卑が横行するイスラム社会の壁を前に、いったんは消えた「心のランプ」が母娘の情愛により再点火される表題作には胸をうたれる。靴フェチの夫が身重の妻にハイヒールをはかせる第七話『ハイヒール』も親子の感動劇。第十話『屍衣』では、宗教の「壁をはさんだ価値観のゆらぎ」をユーモラスに描くと同時に、貧富の差、身分格差と良心の呵責を対照させた技巧が光る。エリオットによれば、文化とは、宗教とは、ある民族や国民に特有の生きかたである。そしてどんな共同体の「生きかた」にも長所と短所があり、各個人がその「生きかた」と調和・対立するところから、さまざまな悲喜劇が生まれる。この意味で本書はまさに国民文学の佳篇である。
