ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Taylor の “Mrs Palfrey at the Claremont”(4)

 ブッカー賞ロングリストの発表日が近づいてきた(今月29日)。先月初め以来、いろいろな現地ファンがいろいろな予想リストを公表。いまではYouTubeでも情報が得られるようになっている。
 例年、そうした情報を集計するファンもいて助かるのだけど、それはまだ先のようだ。そのせいか、たとえば2020年の "Shuggie Bain"(☆☆☆★★★)、2022年の "The Colony"(☆☆☆☆)のように、かなり早い時期から人気が集中している作品は見当たらない。
 ぼくも二、三気になる作品はあるけれど、なにしろ年金生活なので、そう簡単に財布のヒモをゆるめるわけにはいかない。今年もロングリストの動向を見て注文することになりそうだ。
 などと、すっかりブッカー賞オタクになってしまったのは、2005年、受賞直後に "The Sea"(☆☆☆☆)を読んでから。いやそれとも、初めて予想を試みてハズれた2006年からか。"The Night Watch"(☆☆☆☆)がメチャおもしろく、これで決まりと思ったのだけど、後日、受賞した "The Inheritance of Loss"(☆☆☆☆★)を読んでみて、なるほど、たしかにこっちのほうが上。"The Sea" とあわせ、ブッカー賞って、こういう文学の香り高い作品が選ばれるんだな、と実感したものだ。
 それ以前にも何冊か受賞作や候補作を読んだことはあったけれど、以来、(中断はあるが)リアルタイムで追いかけたり、かなり昔にさかのぼったり。後者の一例が1971年の最終候補作、"Mrs Palfrey ... " である。
 けれども、ぼくは学生時代、ブッカー賞なんていちども耳にしたことがなかった。友人、先輩、後輩はもちろん、先生がたもだれひとり話題にしなかった。たぶん歴史がまだ浅かったせいだろう(1969年創設)。
 宮仕えの身になってからもブッカー賞の話は長らく出なかった。ただ、いまは亡き大先輩が "The Remains of the Day"(1989 ☆☆☆☆)をリアルタイムで読んでいた。きっとブッカー賞のことをご存じだったのだろう。合掌。
 さて表題作。けっして文学史にのこるような傑作ではないし、そもそも作者の Elizabeth Taylor 自身、少なくとも日本の研究者や一般読者のあいだでは、ほとんど無視されたかたちになっている。
 そんな作品が前回紹介したように、なぜか映画化され、なぜか日本でも映画が公開。そしてその後、ぼくの知るかぎり、Elizabeth Taylor がふたたび脚光を浴びた形跡はない。なんだかミイラがふと起き上がり、しばらく王家の谷を散策したのち、公開終了とともにまた砂のなかに埋もれてしまったみたいだ。

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 不遇な作家かもしれないが、ぼくは "Mrs Palfrey ... " のような「小さな説」としての小説にこそ、古き佳き英文学の伝統が息づいていると思う。室内の家具調度、顔の表情の変化、さりげない会話。そうした細部を丹念に描くことで物語に厚みとリアリティが増し、意外な展開にも必然性が感じられる。
 たとえば、Mrs Palfrey が赤の他人の青年 Ludovic Myers を自分の孫と偽ってクレアモント・ホテルに招待。一躍、詮索好きな同宿の老人たちの羨望の的となったのはいいけれど、なんと後日、その孫 Desmond が Mrs Palfrey の不在中、面会を求めてホテルにやってくる。ゲッと驚きました。物語が大きく動きだした瞬間ですな。
 やがて Ludovic がさる事情で Mrs Palfrey から資金援助をうけるものの、これは読めた。が、「金の切れ目が縁の切れ目」と思ったら、ううむ、そのあとは Desmond の登場と相まって予測のつかない展開に。'Oh, how sweet,' the Sister said. 'I never stop marvelling at some of these old people. I think, in the end, geriatrics will become my passion.'(p.193)
 さて、病院のシスターが目にした Mrs Palfrey の運命はいかに。そして Ludovic の取った行動とは?
 もしいまあなたが老人だとして、べつに本書を読んだからといって、なにか人生に役立つヒントや教訓が得られるわけではない。けれど、もしまだ定年前なら、「いつか(Mrs Palfrrey や同宿の老人たちと)同様の状況に遭遇して、ああなるほど、と思い当たることがあるかもしれない。あなたの人生先どり篇である」。(了)