きょうはまず、最新のブッカー賞の下馬評(↑↓)を紹介しておこう。前回からかなり変化している。(集計方法のちがいで、別結果あり)。
1. Endling by Maria Reva(↓3)
2. The Land in Winter by Andrew Miller(↑1)
3. Flashlight by Susan Choi(↓7)
4. Universality by Natasha Brown
5. The Loneliness of Sonia and Sunny by Kiran Desai
6. Audition by Katie Kitamura
7. Seascraper by Benjamin Wood(↑2)
8. The Rest of Our Lives by Ben Markovits(↓9)
9. Love Forms by Claire Adam(↑8)
10. One Boat by Jonathan Buckley(↓12)
11. The South by Tash Aw(↑10)
12. Misinterpretation by Ledia Xhoga(↓13)
13. Flesh by David Szalay(↑11)
ぼく自身はただの勘で、Endling, Universality, Audition の3冊を注文したところ。最初の2冊は日本経由なので、予定日までに到着するかどうかは怪しい。
さて表題作。前回(2)は攻略編だったが、こんどは解釈編。べつにいつもどおり勝手気まま、独断と偏見で読み解いてもよかったのだけど、なにしろ相手は Dickens 先生。英文学に多大な影響を与えた巨匠である。うん? 具体的にどんな影響? いやあ、大昔、英文学史の本を読んだときの印象がのこっているだけで、じつはほとんど憶えていない。
そこで、自己流のレビューの書き出し(「壮大なメロドラマである」)を思いついたあと、せめて最低限の基礎知識くらい仕入れておこうと、書棚の奥から参考文献を引っぱりだした。刊行年の古い順に、
『ヴィクトリア朝の英文学』G・K・チェスタトン(春秋社版チェスタトン著作集8)
『ウィルキー・コリンズとディケンズ』T・S・エリオット(中央公論社版『エリオット全集4詩人論』所収)
『チャールズ・ディケンズ』ジョージ・オーウェル(岩波文庫版『オーウェル評論集』所収)
このリストを見て、すぐにお気づきだろう。チェスタトンの『チャールズ・ディケンズ』(春秋社版チェスタトン著作集〈評伝篇〉2)はどうしてパスしたのか?
じつは "Bleak House" を読みおえた時点では未架蔵。Dickens といえば、高校生のとき『デイヴィッド・コパフィールド』を読んだことがあるだけで、昔はまったく関心がなかった。十九世紀の英米文学では、Melville しか頭になかった。
しかしエリオットもオーウェルもチェスタトンを引用している。やっぱり基本図書なんだろうな、と思ってレビューを書いた数日後に入手したけど未読。
というわけで、上掲書をいずれも再読なので流し読みした結果、上の書き出しのあと、なんとなく頭にあったレビューのアイデアをふくらませるうえで、いちばん役に立ったのはオーウェルだった。「『トルストイの登場人物たち』は『自己の魂の形成に悪戦苦闘する』が、『ディケンズの人物たちは初めから出来あがった完成品なのだ』というオーウェルの指摘は完全に正しい」。
さすがオーウェル、まさに慧眼の士である。ぼくの異論はほんの一部にすぎない。「ディケンズは『何よりも断片が、細部が、大切な作家』であって、『建物全体はどうしようもない』とオーウェルはいうが、少なくとも『荒涼館』にかんしては全体の構成はほぼ完璧である」。
どれだけ完璧かは、貧乏な孤児だったヒロイン Esther Summerson が紆余曲折のすえ、Bleak House で幸せな結婚生活を送ることになる主筋をふりかえるだけでじゅうぶんだ。「あらゆる枝葉末節はやがて本書のヒロイン、エスター・サマソンをめぐるメロドラマへと収斂される」。
Esther は「ただもう純粋。こんな娘をだれが見捨てておけようか。とそう読者に思わせるだけの人間的魅力をそなえたヒロイン」である。本書を読めば、「エスター万歳! 永遠に幸あれ!」とだれしも叫びたくなることだろう。
ううむ、なんだかレビューのくりかえしばっかりですな。ぼくにはあれ以上、書きようがない。以下も拙文の引用。「ここには元祖大衆小説といっていい世界がひろがっている。がしかし、人生かくあるべし、という明確な人生観世界観は読みとれない。あくまで庶民感覚の善良さが基軸にあるようだ」。
この結論が本書だけに当てはまるものかどうかは、"David Copperfield" をはじめ、ほかの作品を読んでみないとわからない。しかしなにしろ「一生に一度しか読めない」Dickens だ。はて、つぎの挑戦はいつになりますやら。(了)
