ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Elizabeth Strout の "Tell Me Everything" (2)

 きょうもまずブッカー賞レースの実況中継から。スタート直後は抜きつ抜かれつ混戦模様だったが、第1コーナーを過ぎたあたりで集団が二分されつつあるようだ。そのうち上位グループはつぎのとおり。(or n)は別の集計結果。

     1. The Loneliness of Sonia and Sunny by Kiran Desai(or 4)
     2. Endling by Maria Reva(or 1)
     3. Seascraper by Benjamin Wood(or 2)
     4. Universality by Natasha Brown(or 3)
     5. Audition by Katie Kitamura
     6. The Land in Winter by Andrew Miller

 過去には下位グループから抜けだして第3コーナー(ショートリスト)に達したダークホースもいるけれど、いまのところ上の6頭が有力馬であることは間違いなさそうだ。ぼくが馬券を買ったのは Endling, Universality, Audition だが、下見もしなかったのでどんな馬かはわからない。
 さて表題作。じつはアホなことに、ぼくはてっきり本書が今年の女性小説賞受賞作だと思いこんでいた。発表前の下馬評が一番人気で、発表後も長らくそのリストが公開されていたからだ。
 そんな勘ちがいの遠因は、そもそもぼくが女性小説賞なるものにさほど関心がない点にある。1996年に創設された趣旨は(当時の名称は Orange Prize)、要するに女性作家の地位向上ということだったらしいけど、いつかも紹介したとおり、2010年8月20付ガーディアン紙にこんな記事が載っていた。The British novelist [A. S. Byatt] has been vocal in her criticism of sexism in the literary world, and also hit out at the Orange prize, which is limited to only women novelists. "The Orange prize is a sexist prize," she said. "You couldn't find a prize for male writers. The Orange prize assumes there is a feminine subject matter – which I don't believe in. It's honourable to believe that – there are fine critics and writers who do – but I don't."
 正論である。その後、ぼくの知るかぎり、Byatt 女史は女性小説賞にノミネートされたことがないようだけど、ひょっとしたら、上の「性差別批判」ゆえに干されているのかも。ってのはまあ、ゲスの勘ぐりでしょうな。
 というわけで、落選と知ったあとに届いた "Tell Me Everything"、気乗りしないまま読みだした理由がもうひとつある。Elizabeth Strout の新作だからだ。
 いままでぼくが読んだ彼女の作品はつぎのとおり。

 もちろん "Olive Kitteridge" もよかったけど(☆☆☆☆★)、たまたま北海道旅行中、バスのなかで読みおえた "My Name Is Lucy Barton" が忘れられない(☆☆☆★★★)。あのときは涙が出てきて、同行者の手前、ちょっと困ったものだ。
 ところが、"Oh William!" には失望した(☆☆☆★)。Oh William! という叫びがなんども出てきたことしか憶えていない。
 その印象がつよかったので、期待せず "Tell Me Everything" に取りかかった。結果は "Oh William!" と同点。でもこっちのほうがいい。「トーキングこそヒーリング、という平凡な真実を衝いた佳篇」だからだ。
 最初のうちはあまりピンとこなかった。長編というより「断片集」といったおもむきで、作家の Lucy Barton、元中学教師の Olive Kitterridge など旧作以来の常連のほか、たぶん本書で初登場の弁護士 Bob Burgess を中心に、いろいろな人物が入れ替わり立ち替わり、プライベートな問題について話しあう。そのたびに Lucy や Olive はしばしば落涙。ぼくは、え、これくらいで、と疑問に思うこともあった。
 しかし、"Anna Karernina" の有名な冒頭の一文、All happy families are alike; each unhappy family is unhappy in its own way. をもじっていうと、表題作では All families are unhappy in their own ways. 「離婚、不倫、性的虐待、断絶、肉親の死」。「日常茶飯の話題ゆえ、ふかく共感するエピソードもひとつはあろう」。
 なかでも「ボブとルーシーのプラトニックラブが泣かせる」。Bob 65歳、Lucy 66歳。いい年こいたおっさん、おばさんがプラトニックラブかよ、と茶化したくなるような話に聞こえるが、読めばその真剣さに感動する読者もいるはずだ。
 それどころか、いまアマゾンUSで検索すると、本書は Literaray Fiction 部門103位、Friendship Fiction 部門(そんなジャンルがあるとは知らなかった)13位。こんな「トーキング小説」、「ヒーリング小説がベストセラーとなるのは、それだけ人びとが苦しみ、悲しみ、孤独で、絶望のふちにある」、つまり「アメリカはじっさい相当に病んでいる」ということなのか。どうなんでしょうね。(了)

(ゆうべ見た映画はたまたま『LUCY/ルーシー』。脳には眠っている部分が多いというのはホントですな)