「さてまず、最新のブッカー賞レースの下馬評を紹介しておくよ」
1. Endling by Maria Reva
2. The Loneliness of Sonia and Sunny by Kiran Desai(or 4)
3. Seascraper by Benjamin Wood(or 2)
4. Universality by Natasha Brown(or 3)
5. Audition by Katie Kitamura(or 4)
6. The Land in Winter by Andrew Miller
「まあ、あんたも好きねえ。よく飽きずに追っかけること」
「いや、なに、枕詞みたいなものさ。っていうかスペースかせぎ。いきなり本題から入ると、二、三行でおしまいになりそうだから」
「いえてるわね。べつに落ち穂ひろいなんかしなくていいのに。こんどの "Kiss of the Spider Woman" は超有名な作品だから、あんたのレビューで抜けてるところはWikiで調べたらじゅうぶん。そもそも、いままで読んだことがないなんて信じられないわ」
「いやはや、ごもっとも。なにしろ昔は『遅れてきた青年』、いまは遅れてきた文学老人だからね。読んでない必読書はゴマンとあるさ」
「ふん、へんなジマンはよしてちょうだい。大江のその本も読んでないくせに」
「スミマセン。とにかく Manuel Puig の話をしよう。"Spider Woman" が出たのは1976年。邦訳は1988年だけど、英訳はもっと早く1979年。ラテアメ文学のブームは60年代だったから、Puig 自身、じつは遅れてきた青年だったんだ」
「あら、よく調べたわね。映画は見たの?」
「それがそっちのほうも、ちょっと。ウィリアム・ハートがアカデミー賞の主演男優賞を穫った名作らしいけどね」
「わたしはリアルタイムで見たわよ。映画化されたのが1985年で、日本公開は1986年。ウィリアム・ハート以外はあんまり憶えてないけど、とにかくすごい演技だったわ」
「へえ、スパイダーマンの活躍ってわけか。それできっと邦訳も出たんだね。でも当時は知らんかった。そもそもラテアメ文学自体、一冊も読んだことがなかった」
「あんたの不勉強ぶりは昔からね。で、どうなの、"Spider Woman" を英訳で読んでみて、おじいちゃんなりになにか感じるものはあったわけ?」
「最初はけっこうむずかしかったね。―Something a little strange, that's what you notice, ... /―What about her eyes?/ ―Clear, pretty sure they're green, ... /―Couldn't the animal smell her before that?(p.3)てな調子で、地の文はいっさいなく、ふたりの人物の dialogue がえんえんとつづく。で、どっちも名前がないもんだから、ふと眠りこけたり、水分補給したり、いったん中断してまた読みはじめると、どっちがどっちのセリフだったかわからなくなる」
「あら、あんた、最近いつもそうじゃない」
「……だから、念のため―の前にA, Bと書きこんでたら、やがて Nothing, tell it to me, go ahead, Molina.(p.18)それからヤバくなるたび片方にM。それが第1章で、さいわい第2章の冒頭は、―You're a good cook./―Thank you Valentin.(p.27)おかげで、あとはときどきM, Vでだいじょうぶだった」
「へえ、どうしてそんな dialogue にしたのかしら」
「ぼくも途中までそう疑問に思ったものだけど、いまではちゃんと説明できるよ」
「すごいわね。社長さん、教えてぇ」(つづく)
