ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Yael van der Wouden の “The Safekeep”(2)

 ああ、やっぱり! 日本の場外馬券場でブッカー賞レースの馬券を買ったせいか、"Universality" が到着予定日から一週間すぎてもまだ届かない。"Endling" だって発送通知が遅すぎる。
 これが本場の場内発売所だと、値段はうんと張るものの、早く確実に届くメリットがある。第3コーナー(ショートリストの発表)まであと一ヵ月。最新の下馬評をもとに、泣く泣く "Seascraper" の馬券を場内で買ってしまった。

   1. Seascraper by Benjamin Wood(or 2)
   2. Endling by Maria Reva(or 1)
     3. The Loneliness of Sonia and Sunny by Kiran Desai(or 5)
     4. Audition by Katie Kitamura
     5. Universality by Natasha Brown(or 3)
     6. The Land in Winter by Andrew Miller(or 7)
     7. Flashlight(or 6)

 さて "The Safekeep"。うかつなことに、今年の女性小説賞受賞作であることに長らく気づかなかった。手元に届いて二度びっくり。え、これってあの、去年の私的ブッカー賞ランキングで「未読につき番外」だった "The Safekeep" じゃん! アホですな。

 なぜ番外だったかというと、現地ファンの発表直前予想で最下位。5着の馬まで仕上がりを確認したところでパスしてしまった。もし女性小説賞を穫らなかったら、ずっと未読のままだったろう。
 そして一読。いやあ、これはいい! 上のランキングを更新、本書を第1位に推すことに決定した。こんなこと初めてだ。
 いまふりかえると、現地ファンの評価が低かった理由は、なんとなくわかるような気もする。これはある意味、キワモノ的な要素をふくんでいる。もっとはっきりいうと濡れ場が多い。しかも「さいごは甘いメロドラマ」。そうした点が高級志向、芸術志向の彼らのお眼鏡にはかなわなかったのではないかしらん。
 ひるがえって、選考委員会の諸氏は、よくこんな作品をショートリストにのこしたものだと感心する。「泣ける。泣かずにいられようか」と諸氏も素直に感動したのだろう、と信じたい。むろん一部の本書のファンもそうだったにちがいない。
 Isabel found a broken piece of ceramic under the roots of a dead gourd. ... / Back at the house she washed the piece and held it in watery hands. Blue flowers along the inch of a rim, the suggestion of a hare's leg where the crockery had broken. It had once been a plate, which was part of a set―her mother's favorite; ... / There was no explanation for the broken piece, where it had come from and why it had been buried. None of Mother's plates had ever gone missing.(pp.3 - 4)「冒頭、イザベルが屋敷の菜園で見つけた皿の破片は母の遺品だった。それがなぜここに?」
   こんなちょっとした謎ではじまる作品にハズレはない。トリッキーな展開なのでネタは割れないけれど、全体像がわかってから上の一節を読みかえすと、そこに「深い意味、二重の意味があった」ことに驚かされる。と同時に、「涙なしには読めない」。
 このように細部に全体のテーマが宿っているところが本書の最大の美点だろう。「第二次大戦中のユダヤ人の悲劇を描いた作品は数多いが、(皿の破片や)一本のスプーンにまで悲劇が凝縮されている例は本書のほかに思いあたらない」。おなじみのテーマでも、書きかたしだいでまだまだ感動的な作品が生まれるものですな。小説ファンとしてはうれしいかぎりです。(了)

(きのう、ひさしぶりに「上善如水」を飲んだらやっぱりうまかった!)