ドイツの小説家 Theodor Storm(1817 - 1888)の中短編集、"Immensee and Other Stories" を読了。収録されているのは "Immensee"(1849, 英訳1966)、"Viola Tricolor"(1874, 英訳1956)、"Curator Carsten"(1877, 英訳1956)の三編で、本書は2025年に出た改訳版である。さっそくレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★] 秋の夕暮れ、孤独な老人ラインハルトが自室で昔の思い出にふける。「エリーザベト!」。そんな名作『みずうみ』は元祖・青春のレクイエムである。若きトニオ・クレーゲルはこれを読んで、美少女インゲに思いをはせるものの失恋。たしかに感受性豊かな少年ほど胸をかきむしられそうな物語だが、ラインハルトは老いてなお少年の心をもちつづけている。それゆえ心が痛むのだ。その痛みを遠まわしに叙情詩的な散文で綴っている点がみごと。『三色すみれ』は、母親を亡くした少女ネージーが継母イネスを「お母さま!」と呼ぶところがハイライト。『みずうみ』同様、現代人の目からすれば平凡な筋だてだが、ネージーはラインハルトと同じく純粋な心の持ち主である。ゆえに感動は古びない。『後見人カルステン』はシュトルム後期の作品で、リアルで緻密な描写や、起伏の多い展開など、小説技術としては格段の進歩が認められる。資産家で善人のカルステンが不幸な結婚のすえ不肖の息子のせいで破産。カルステンの養女で息子の妻、純真で明朗快活なアンナが唯一の救いだが、悲劇からカタルシスを生むほどの救いではない。『みずうみ』の詩的ペシミズムが現実的なペシミズムへと変遷。それが作家シュトルムの人生行路だったのだろう。
