ひさしぶりにブッカー賞の下馬評をチェックすると、前回からほとんど変化していなかった。
1. Seascraper by Benjamin Wood(or 2 ☆☆☆★★)
2. Endling by Maria Reva(or 1)
3. The Loneliness of Sonia and Sunny by Kiran Desai
4. Audition by Katie Kitamura(or 5 ☆☆☆★)
5. Universality by Natasha Brown(or 4)
6. The Land in Winter by Andrew Miller(or 7)
8. Flashlight(or 6)
ぼく自身は馬券を四枚買い、二頭の仕上がりを確認。一頭、Universality は未着につき払いもどし。遅れていた Endling がやっと届き、ぼちぼち毛並みや足の運びなどを観察しはじめたところ。舞台はなんとウクライナだが、戦争の話ではなさそうだ。
さて表題作。じつはこれ、去年のいつだったか、マーティン・スコセッシ監督作品『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』(1993)をブルーレイで先に見てしまった。
そのあと原作を架蔵していたことに気づいたが、あとの祭り。どんな話だったか忘れてしまうまで読まないでおこうと決めていた。
で、もうそろそろよかっぺと手に取ったのが去る7月末。思ったとおりほぼ失念していたけれど、あ、この場面はたしか。... Archer seated himself at the Countess Olenska's side./ 'We did use to play together, didn't we?' she asked, turning her grave eyes to his. 'You were a horrid boy, and kissed me once behind a door; ...(p.13)
勘ちがいかもしれないが、映画ではこの少年少女時代のできごとが回想シーンではなく、開幕早々、リアルタイムで起きた事件として演出されていたような気がする。ともあれ、このくだりが本書の最初のキーポイント。
つぎのポイント、というか全篇のハイライトはここだ。... then there was an unmeaning noise of opening doors, and after an interval May's voice: 'Newland [Newland Archer]! Dinner's been announced. Won't you please take Ellen in?'/ Madame Olenska put her hand on his arm, and he noticed that the hand was ungloved, and he remembered how he had kept his eyes fixed on it ...(p.234)
が、こちらは映画では、ああ、そういえばあの場面かな、という程度の記憶しかない。
あともうひとつ、三十年後、パリを訪れた Newland Archer が Ellen [Countess Olenska] の住む屋敷の前でたたずむシーンも重要で、調べると映画にも出てくるようなのだけど、まったく記憶にございません。
以上、三つの点を線で結ぶとこうなる。「十九世紀末、ニューヨークの上流社会。令嬢メイと婚約中の青年弁護士ニューランドは、ヨーロッパから帰国した幼なじみでメイのいとこ、伯爵夫人のエレンと再会。離婚を望むエレンと、結婚をひかえたニューランドは熱い恋に落ちる。自由恋愛が日常の現代なら、ふたりは一も二もなく結びつくところだが、当時の社交界はもちろんそれを許さない。その社会規範は形式的で皮相浅薄な倫理観にもとづくもので、また三十年後の後日談がしめすとおり、時代とともに変化する一過性のものにすぎない。(中略)夢を追い束縛を逃れようとするニューランドにたいし、エレンは現実に立脚、葛藤と懊悩のなかで高貴な純潔を保つ。そんなふたりが紳士淑女の列席するパーティ会場へとむかうシーンは哀切きわまりない」。
ぼくはたまたま、本書の前に "The Safekeep"(2024 ☆☆☆★★★)を読み、涙腺がゆるんでいたせいもあって、上の Madame Olenska put her hand on his arm, ... あたりで思わず目頭が熱くなってしまった。こんな悲恋から立ち直れるひとがいるとはとても思えない。
ところが映画では、「そういえばあの場面かな、という程度」。記憶があやふやなので断定はできないけれど、感銘度という点ではやはり原作のほうが上のようだ。
Ellen を演じたのはミシェル・ファイファーで、わるくはないが彼女はいかにも現代的な美人。「葛藤と懊悩のなかで高貴な純潔を保つ」、憂いを帯びながらも芯のつよい古風な上流婦人とくれば、やっぱり往年の大女優キャサリン・ヘプバーンが適役でしょうな。
ってことは、現代はもはや the age of innocence ではないということか。高貴な純潔ゆえの悲恋。それも out of date なんでしょうかね。(了)
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