ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Maria Reva の “Endling”(1)

 ああ! このところぜん息など体調不良につき、Maria Reva の "Endling"(2025)をぼんやり読んでいたら、なんともうブッカー賞のショートリスト発表! しかも "Endling" は落選ときた。
 前評判が高かっただけに意外な結果だが、しかたない、なんとかレビューをでっち上げておこう。Maria Reva はウクライナ系カナダ人の作家で、本書は長編デビュー作。さてどうなりますか。

[☆☆☆★★] 現代のウクライナ版『戦争と平和』。ただし、トルストイの名作とちがって、ある日突然、平和な日常に戦争が飛びこんでくる。その異常な混乱ぶりは連日報道のとおりだが、本書はドキュメンタリーではなくメタフィクション。巻なかばで作者マリア・レヴァが登場し、本書執筆中にロシアが開始したウクライナ侵攻により、当初の構想が「引き裂かれ」、「急激に変化する状況を反映」した作品にならざるをえなくなったいきさつを説明する。つまり、創作という作家にとっての「平和な日常に戦争が飛びこんで」きた結果が本書なのである。それでも前半は伝統的な技法だ。ウクライナ絶滅危惧種のカタツムリの生態を研究するイェヴァ。ウクライナ人女性と欧米人男性との結婚を斡旋する「ロマンス・ツアー」のガイド、ナスティア。その姉で通訳のソル。この三者と男たちがイェヴァのモバイルラボに乗りこみ、キーウからヘルソンへとむかう。がすでに爆撃は全土ではじまっている。ここで上の自作解説が入り、本書はいったん完結。ふたたび幕があくと、そこは文字どおり不条理な世界だ。ガイド姉妹の身の安全をかえりみず、カタツムリの観察にいそしむイェヴァ。戦争を花火大会と思いこみ、結婚しか頭にない男たち。戦争と平和が混在し、平和な日常を守ろうとすればするほど戦禍に巻きこまれる異常さ、不条理の象徴である。しかもその戦争は本書で描かれているとおり、「特別軍事作戦」、ウクライナの「非ナチ化」というロシアにとっての条理、ウクライナにとっての不条理に発したものだ。それは現実と虚構があやふやな状況であり、これを表現するにメタフィクションはたしかにすこぶる有効な手段である。が、虚実ないまぜのせいか本書の構成はまとまりに欠け、小説作品としては、すっきりしない。しかしながらウクライナ情勢はもとより曖昧模糊。それをありのままに描いたのが本書ということなのだろう。