ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Benjamin Wood の “Seascraper”(2)

 ゆうべ愛媛の田舎、宇和島から帰ってきた。今回の帰省も、介護施設に入所している母との面会と墓掃除が目的だったけど、天気がよければぜひ、遊子水荷浦(ゆす・みずがうら)の段々畑を訪れたいと思っていた。

 市内からバスでも行けるが便数が少ない。ぼくは友人が休暇を取ってくれ、車で連れていってもらった。友人も遠くからながめたことしかなかった。陸の孤島に近いところだけど、早朝から県外ナンバーの車が数台駐まっていた。
 遊子は海辺の集落で、遊子小学校には一年間だけ母も赴任したことがある。土地の人たちから、とても親切にしてもらったそうだ。ぼくが山道で出会ったひとに「すごいところですね」と声をかけると、「でも、ええところですよ」と笑い顔で返事された。

 段々畑ではジャガイモが栽培されているが、集落としてはたぶん半農半漁。いやむしろ、真珠の養殖や漁業のほうが中心かもしれない。(下の写真、背景は亡父が愛した南予アルプスの山々)

 表題作も舞台は海辺の小さな町で、「二十歳の青年トマス・フレットは口うるさい母とふたり暮らし。毎日、遠浅の海に出ては、祖父から習った伝統的な漁法でエビ漁にいそしんでいる」。
 今年のブッカー賞ショートリスト発表前の下馬評では、Maria Reva の "Endling"(☆☆☆★★)とならんで人気を博していたが、どちらもあえなく落選。同書はさておき、この  "Seascraper" のほうは、たしかに「一読、爽やかな気分になる青春小説」ではあるけれど(☆☆☆★★)、ブッカー賞の候補作としては弱く、ぼくは内心、コケるのではないかと思っていた。「一読 ……」に尽きるからだ。それ以上でもそれ以下のものでもない。
 ただしもちろん、印象的な場面はある。ネタを割る恐れがないところから引くと、It's not certain that the flare gun's going to fire if he [Thomas Flett] pulls back the trigger. Hurriedly, he lifts it out and hinges it to check the cartridge isn't wet or jammed― ...… 'Four ... three ... two ...' He steadies his wet left wrist inside the clamp of his right hand, 'One.'/ He squeezes on the trigger and it gives./ ... In the sky above, the flare has cast a spray of red into the darkness. The fog around him is a wall of colour, pinker, weaker, but illumined.(p.97)
 Thomas は夕闇迫る干潮時、ロケハンに訪れたアメリカの映画監督 Edgar Atchson を海へ案内する。が、Edgar は Thomas の制止も聞かずひとりで行動し、ふたりは深い霧のなか、離ればなれに……。
 とりのこされた引っ込み思案の Thomas が「フシギな冒険をへて世界をひろげ、生きがいを見いだすプロセスは水墨画のような夢物語」なのだけど、それは読んでのお楽しみ。
 ともあれ「夢物語」のきっかけとなったのも上の曳光弾で、それがひいては「爽やかな青春小説」へとつながっている。というわけで、「見上げれば闇夜に光る希望かな」。(了)