ブッカー賞の発表が迫ってきた(ロンドン時間11月10日)。現地ファンによる直前の候補作ランキングはこうなっている(or n は別方法による集計結果)。
1, The Land in Winter by Andrew Miller(or 2)
2, The Loneliness of Sonia and Sunny by Kiran Desai(or 1 or 3)
3, Audition by Katie Kitamura(or 2)
4, Flashlight by Susan Choi
5, Flesh by David Szalay
6, The Rest of Our Lives by Ben Markovits
つまり The Land ... と The Loneliness ...(☆☆☆★★★)、Audition(☆☆☆★)の三つ巴といったところ。The Land ... は読みだしたばかりでなんともいえないが、ヤマ勘の採点では☆☆☆★★。ゆえに The Loneliness ... がぼくのイチオシだ。Audition は高踏派、芸術派好みの作品だと思う。
今年の最終候補作は Audition、およびパスしている The Rest ... を除くと大作ぞろいで、とりわけ The Loneliness ... の長さは「インド人もびっくり」するほど。ヘコたれた。恒例の私的ランキングが完成するのは今年も年末になりそうだ。
さて、ショートリストに洩れてしまった表題作(☆☆☆★★)も通好みで、作者自身が途中で登場し自作について解説するというメタフィクション。Audition は人間が「同時にふたつのものでありうる」二重性を扱った作品だったが、Endling では「二面性のある戦争」が素材となっている。ロシアのいう「特別軍事作戦」は、じっさいはロシアが起こした侵略戦争だからだ。
しかしながら、およそ戦争とは二面性をもつものである。パスカルのいうとおり、「われわれが見る正義や不正などで、気候が変わるにつれてその性質が変わらないようなものは、何もない」。「川一つで仕切られる滑稽な正義よ。ピレネー山脈のこちら側での真理が、あちら側では誤謬である」。
ぼくは遅まきながら Endling の舞台がウクライナと気づいて以来、ひとつの関心として、上のような地上の正義の相対性が採りあげられているか見守ることにした。なかんずく、自作解説が入っていったん完結したあと、このメタフィクションの技法が正義の相対性とどうからむのか。
ネタを割らない程度に後半を紹介すると、「ふたたび幕があくと、そこは文字どおり不条理な世界だ。ガイド姉妹(ナスティアとソル)の身の安全をかえりみず、カタツムリの観察にいそしむイェヴァ。戦争を花火大会と思いこみ、結婚しか頭にない男たち。戦争と平和が混在し、平和な日常を守ろうとすればするほど戦禍に巻きこまれる異常さ、不条理の象徴である」。
といちおうまとめてみたのだけど、あまり自信はない。再読すればいくらでも新たな発見がありそうだ。けれども、いま仮に結論を述べると、「ロシアにとっての条理、ウクライナにとっての不条理に発した」戦争は「現実と虚構があやふやな状況」にあり、「これを表現するにメタフィクションはたしかにすこぶる有効な手段である。が、虚実ないまぜのせいか本書の構成はまとまりに欠け、小説作品としては、すっきりしない。しかしながらウクライナ情勢はもとより曖昧模糊。それをありのままに描いたのが本書ということなのだろう」。どうでしょうか。
ウクライナ戦争がはじまって三年八ヵ月あまり。当初は東洋の島国でも連日のように報道され、軍事専門家、外交評論家をはじめ、いろいろなコメンテーターが昼のワイドショーその他で自説を展開していた。が、いまでは、ごくたまに戦況がニュースになる程度。双方とも「大本営発表」があるものと思われ、ゆえに「現実と虚構があやふやな」曖昧模糊の情勢では、と素人目には見える。そんなぼく自身、ウクライナのことを本格的?に採りあげたのは下の記事以来だ。
谷本真由美の『世界のニュースを日本人は何も知らない5・6』によれば、「人口比ではロシアを非難するのは世界のわずか36%で、世界全体ではロシアを支援する国のほうが圧倒的に多い」一方、「ウクライナとの戦争に勝利するだけではなく、NATOとの戦闘の準備もしている」ロシアにたいし、「NATOはここ35年で初の戦争計画を刷新」、「応戦できる体制を準備してい」るという。
また最近の問題として、「NATOの加盟国の中でも親ロシア派の国もあり(ハンガリー)、ロシアとの対立を想定する国々との溝が深まっている」。さらに厄介なことに、アメリカでは自分で自分の先の行動が読めていないかのような大統領の登場。総じて世界がいままで以上にカオス状態であることだけは間違いなさそうだ。
しかるに東洋の島国では、「『要スルニ世間ハマダノンキナルガ如ク被存候。多少血ヲ流ス位ノ事ガアツテ始テマジメニナルカト被存候』といったのは森鴎外だが、『多少血ヲ流ス位ノ事ガアツテ』も『マダノンキ』な風潮」がある」ような気がしてならない(上の過去記事)。
Endling が直近の世界のカオスを先取りした作品ではないことは明らかだが、これは煎じつめると、「現代のウクライナ版『戦争と平和』。ただし、トルストイの名作とちがって、ある日突然、平和な日常に戦争が飛びこんでくる」。「マダノンキ」な島国に戦争が飛びこんでこないようするにはどうすればいいか。戦争反対と叫ぶだけでいいのでしょうか。(了)

