これはまず、「相当に面白く、しかもウェルメイドな作品」だ。今まで読んだ今年のブッカー賞候補作の中でも飛び抜けて面白い。印象的なカバー絵だけで選ぶ「見てくれ買い」、今回は大成功でした!
こういうストーリー重視型の小説の場合、ともすると人物の造形や心理・情景描写が紋切り型になりがちなものだが、本書にはそういう欠点はない。むろん、ある程度の類型化は認められるものの、「定石を定石と感じさせない」さまざまな工夫が奏功している。
その詳細はレビューや雑感に書いたとおりだが、とにかくこれだけ念入りに仕上げられていると、ホロコーストという古びたテーマそのものも新鮮に感じられるほどだ。古い革袋にいれた新しい葡萄酒といったところだろうか。
そして何より、ここにはすこぶる人間的な現実が描かれている。「主人公の若い女家庭教師がしばしば見せる心の葛藤」、「判断の遅れや誤り、わがまま、保身といった、人間の人間であるがゆえの欠点」。これらは、映像や音声を通じてはなかなか表現することがむずかしい、まさに活字こそ最大の効果を発揮するものだ。そういう「人間的な現実」がしっかり書きこまれている点でも、本書はやはり秀作である。
だが、ブッカー賞の場合、本書のようなストーリー重視型の小説は、せいぜいショートリスト止まりのことが多い。だから、賞の行方など気にせず、「候補作の中でも飛び抜けて面白い」本書をじっくり楽しむのが得策かもしれない。