今年のブッカー賞候補作、Alison Pick の “Far to Go” を読みおえた。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。
[☆☆☆★★★] 数ある〈ホロコースト小説〉のなかでも、とびきりウェルメイドで感動的な作品のひとつだ。主な舞台は第二次大戦直前のズデーテン地方とプラハ。子供をやむなく国外へ脱出させることになったユダヤ人一家の悲劇が描かれる。暴行事件はもちろん、どの場面でも突然、緊張が走ってサスペンスが高まり、しかも展開がスピーディ。息をつくまもないほどの迫力に圧倒される。一方、人物の造型もみごとで、とりわけ、主人公の若い女家庭教師マルタがしばしば見せる心の葛藤がすばらしい。愛情や誠意はもちろん、嫉妬や欲望などもしっかり書きこまれ、ホロコーストにともなう定番の家族愛と喪失の物語に深みとリアリティをもたらしている。ゆえに別離はたとえようもなく悲しい。歴史が大きく変わるとき、ただ単に偏狭な正義感や裏切りだけでなく、判断の遅れや誤り、わがまま、保身といった、人間の人間であるがゆえの欠点も、さらには善意さえも悲劇を生みだす。そのことをあらためて教えてくれる秀作である。