ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Alison Pick の “Far to Go” (1)

 今年のブッカー賞候補作、Alison Pick の “Far to Go” を読みおえた。さっそくいつものようにレビューを書いておこう。

Far to Go: A Novel (P.S.)

Far to Go: A Novel (P.S.)

[☆☆☆★★★] 数あるホロコーストを扱った小説の中でも、とびきりウェルメイドで感動的な作品のひとつだ。主な舞台は第二次大戦直前のズデーテン地方プラハ。子供をやむなく国外へ脱出させることになったユダヤ人の家族の悲劇が描かれる。暴行事件にしろ何にしろ、突然、緊迫感あふれる場面となってサスペンスが高まり、しかも展開がスピーディー。息をつくまもないほどの迫力に圧倒される。一方、人物の造形も見事で、とりわけ、主人公の若い女家庭教師がしばしば見せる心の葛藤がすばらしい。愛情や誠意はもちろん、嫉妬や欲望などもしっかり書きこまれ、ホロコーストにともなう定番の家族愛と喪失の物語に深みとリアリティーをもたらしている。歴史が大きく変わるとき、ただ単に偏狭な正義感や裏切りだけでなく、判断の遅れや誤り、わがまま、保身といった、人間の人間であるがゆえの欠点も、さらには善意さえも悲劇を生みだす。そのことを改めて教えてくれる秀作だ。別離の悲しさに胸を引き裂かれるのは言うまでもない。英語はごく標準的で読みやすい。