ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Jane Austen の “Pride and Prejudice”(3)

 きょう人生で初めて手術なるものを受けた。
 術名は鼓膜切開術。もう何週間も前に風邪をひいてからずっと右の耳が聞こえにくくなり、先週耳鼻科で診てもらったところ、急性中耳炎と判明。一週間投薬をつづけ、少しはよくなってきたが結局、鼓膜を切開し耳のなかにたまっている膿を出してもらった。
 このところ血圧が高いのも、中耳炎のせいだったのかもしれない。
 ってわけで、相変わらずパソコンにむかうのがしんどく、今回も比較的短時間で書けそうな英語の話にしぼっておこう。
 まず語彙レヴェルは予想したほど高くなく、ぼくでもソファに寝ころんで読める程度。(この「寝転読書」、洋書の場合ぼくは必ずメモを取ることにしているので、じつは姿勢ほど楽ではない。すぐに眠くなるリスクもある。デスクにむかって読んでも肩の凝らない、頭の痛くならない軽い内容のもの、たとえばミステリとか冒険小説あたりがおススメ。ただし、エンタメ系でも語彙的にむずかしいものもあるのでご用心)。
 文法的には現代英語とは明らかに異なる点がいくつかある。前回は紹介しなかったが、直接話法のなかに出てくる he, she が話者の I を指している場合がある。もちろん第三者の場合のほうが多いけど、すべて文脈しだい。
 しかしこれはすぐに、あ、そうなんだ、と気づくので問題ない。困るのは、前回の引用例を筆頭に、地の文に出てくる代名詞の指示内容が、たまにだけど、わかりにくいこと。なにしろ、native speaker でさえ頭をヒネるほどだ。復習ですが、文脈や人物関係がよく頭に入っていないと、「すぐに眠くなるリスク」がある。
 さいごに、現代英語ならふつうこんなところにカンマは打たないでしょう、と思われる「変則カンマ」の例を挙げておこう。たぶん前半から出ているはずだが、ぼくがメモを取ったのは後半。
 My dear Lizzy, you cannot think me so weak, as to be in danger now.(p.320)現代英語では so weak as が通例のはず。
 They were confined for the evening at different tables, and she had nothing to hope, but that his eyes were so often turned towards her side of the room, as to make him play as unsuccessfully as herself.(p.323)これも hope but, room as のほうが通例では。
 You are each of you so complying, that nothing will be ever be resolved on; so easy, that every servant will cheat you; and so generous, that you will always exceed your income.(p.329)この例で初めて、たぶん、カンマを打ったほうが形容詞の程度の強さがよく伝わるんだろうな、とは思った。そういえば、上の第1例もそういうことなんだろう。第2例にしても、nothing to hope, so often が強調されているような気もする。
 でもやっぱりぼくには「変則カンマ」と思えるのですが、どうでしょうか。
 For, though your accusations were ill-founded, formed on mistaken premises, my behaviour to you at the time, had merited the severest reproof.(p.347)
 これが time had となっていないのも behaviour to you の強調なんですかね。(つづく)

(難聴につきCD も最近ほとんど聴かなかった。今年に入ってずっとベートーヴェンを聴いていたのは偶然だろうな)

Buchbinder - Beethoven The Sonata Legacy